さて、ヨーロッパの旅をする時(感)
高2 あいらう(airau)
2026年1月2日
最も大切なことは、その対象をまず全体として見て感じると言うこと、あるいはその対象との出会いを新鮮に体験するということではあるまいか。ただたんの部分は風景とはならない。風景のこの内的生命関連は風景のリズムと言うことができる。風景はそれを発見する人間と出会うとき、すなわち世界内存在において生きた現象となるのだ。現代の社会では周りのことを考えず、不調和になっていることは問題だ。
その原因としては第一に、日本には専門家を重視する傾向があることだ。現代のテレビニュースを見ていると、必ず1回は専門家の意見の場が設けられている。私が今朝見たニュース番組でも、中道改革連合について政治アナリストが分析をしていた。私もそうであるが、専門家という肩書きがあるだけで、その人の意見があたかも正しいように思ってしまう。しかし、専門家の発言は肩書きだけで正しいと判断され、見ている人が自ら考える機会を減らしてしまう。また、同じ専門家でも異なる意見を言う人がいるのにも関わらず、ひとりの意見を正解として広まってしまう可能性もある。専門家の意見を尊重することは大切だが、鵜呑みにせずもっと広い視点を持って物事を判断するべきだろう。
その原因としては第二に、今日の社会には利益を重視する傾向があることだ。現代の教育機関は、より多くの生徒を増やすことだけを考えている。そのために、高校は大学受験の際に、必要以上の学校数受験させて、合格実績を増やそうとする。また、塾も同じように受験校数を増やし、さらには成績の良い生徒には受験費用を負担することもある。しかし、この結果として、生徒自身は疲弊し、志望校の受験当日に体調を崩したり、実力が発揮しきれない。このような生徒のことを第一に考えない教育機関はあってはならないと思う。ただし、塾や学校も仕事でやっているわけで、お金を稼がないと生活が成り立たない。そのため、政府が教育機関のお金を負担し、より生徒第一な日本の教育機関を作るべきだ。また、これは教育機関のみに当てはまることではなく、目先の利益だけでなく、将来的で全体的な利益も求めるべきだろう。
確かに、周りと合わせることだけを意識し、自分自身にスポットを当てることができなくなってしまえば、社会全体の損失を招く。しかし、社会とは、個人の力の合計成り立っているのではなく、大多数が集まって成り立っているのだ。周りのことを考えず、自分や目先の利益だけに焦点を合わせることは問題だ。