心地よく安心出来る部屋を
中1 あかまき(akamaki)
2026年1月2日
これまでの建築は芸術性と工学的な技術に重点が置かれていた。しかし我々の生活の大部分は、生物的嗜好で良い悪いを判断していることの方が多い。だが従来の工学的立場では、そういう曖昧さは技術とは認められなかった だが新しい生物学はそうした曖昧さに対して一つのよりどころを示す可能性を持つようになった。そして同時に、数量的に割り切れるものだけが科学のすべてではないということも教えてくれるようになってきた。私は整った外観より、なじみやすいことのほうが大切だと思う。
第一の理由は、整いすぎている場より、なじみのある場の方が安心できるからだ。 私は約二年半前に広島、兵庫に旅行に行った。その時に泊まったホテルの部屋はとても美しく、小さな小物も置かれていた。最初部屋に入ったとき、私はこんな部屋に泊まれるなんて、とても幸せだと思っていた。この時の私は、非日常的なものに興奮していたのだろう。そしてその日はとてもはしゃいだので、すぐに寝られると思っていた。しかし、実際にベッドに横になると、自分の家で寝られるまでの時間が長くなっていた。 これは。 枕の高さが家の枕と違ったり、非日常的なことにワクワクしすぎたりしたせいだと私は思った。
第二の理由は整いすぎている環境は落ち着けないからだ。私が旅行に行った時に泊まったホテルはとてもきれいで埃一つ落ちていなかった。埃一つもないのはとてもいいことだ。しかしきれいすぎて、誰も使ったことがないかのような生活感がないとも言えるのではないだろうか。実際に私もそう思った。ホテルと違い、普段自分が生活している家は、生活感があり、とても気持ちが落ち着くのではないだろうか。2002年の子ども部屋の保有率のデータを見てみると、小学二年生ごろは男子約26%、女子約29%だった。小学六年生ごろは、男子約45%、女子約49%だった。このデータを見て、年齢が上がるにつれ、子ども部屋の保有率は上がっているということがよく分かった。しかし、なぜ年齢が上がるにつれ、子ども部屋の保有率が上がったのだろうか。私は、年齢が上がるにつれ、「自分だけの部屋が欲しい」「安心できる場所が欲しい」と思うからではないだろうか。自分だけの部屋は自分の好きなようにできるので安心できる場所を作ることができるのではないだろうか。私も自分の部屋を持っている。そしてその部屋は自分の好きなようにものを移動させている。私の部屋は、私が一番安心できる部屋になっている。
確かに見た目がきれいなことは大切だ。しかし、「大切なのは健康らしい外見ではなく、健康自身である」という名言があるように、外観よりも、心地よさのほうが大切だろう。私の部屋も、外観より心地よさを重視して、物の配置を決めている。外観はとても重要なものだが、私は心地よさを重視し、安心できる部屋を作り、よく寝られる部屋にしたり、自分の心に安らぎを与える心地よい部屋を作ったりすることができる人間になりたい。