あさくにさん、今回の作文はとても深いテーマに挑戦(ちょうせん)していて、あなたの考えがしっかりと伝わってきました。
まず、「建築のデザインは整いすぎない方がよい」という意見が明確に示されており、是非(ぜひ)の主題がよく書けています。
その理由として、生物学的な本能に基づく心理や、人間の感情の動きを具体的に説明している点がとてもよいです。
特に、動物の本能や人間の緊張(きんちょう)感の例を挙げているところは、体験実例や具体例がよく書けていると感じました。
また、未来の建物や漫画(まんが)の話を通して、理想と現実のギャップについても考察しているところは説得力があります。
「ドラえもん」の発行部数などの数字を使って説明している点も、データがよく書けています。
さらに、マハトマ・ガンジーの言葉を引用し、人間の欲望の終わりなさについて触れ(ふれ)ているところは名言がよく書けています。
文章全体を通して、あなたの意見に対する理由や根拠(こんきょ)丁寧(ていねい)に述べられており、読み手に納得感を与え(あたえ)ています。
これからも、自分の考えをしっかりと理由づけて書く練習を続けてください。

項目(こうもく)評価】
是非(ぜひ)の主題がよく書けています。
理由がよく書けています。
体験実例がよく書けています。
データがよく書けています。
名言がよく書けています。
 

森リン評価 産業革命以来、機械は me 01月2週 あさくに
字数/基準字数:
2599字/1200字
思考点:67点
知識点:79点
表現点:85点
経験点:92点
総合点:81点
均衡点:1点
●語彙学年表
 小1小2小3小4小5小6中1中2中3高1高2高3  
思考点
知識点
表現点
経験点
総合点
1200字換算
 
思考点:点
知識点:点
表現点:点
経験点:点
総合点:点
均衡点:1点
●換算語彙学年表
 小1小2小3小4小5小6中1中2中3高1高2高3  
思考点
知識点
表現点
経験点
総合点
●語彙の説明
語彙種類個数種類率点数説明
思考語彙16種20個80%67点考える言葉です。
理由、方法、原因などの説明の語彙。
多すぎると、説明の多い硬い文章になる可能性があります。
知識語彙60種85個71%79点難しい言葉です。
社会的な例や調べた例の語彙。
多すぎると、難しい言葉の多い重い文章になる可能性があります。
表現語彙126種207個61%85点豊かな言葉です。
話題の幅が広い語彙。
多すぎると、散漫な文章になる可能性があります。
経験語彙49種64個77%92点詳しい言葉です。
身近な例や経験した例の語彙。
多すぎると、身近な話の多い狭い文章になる可能性があります。
種類率は、60%以上が目標。70%以上の場合は多様な語彙が使われています。
2599字
 67点
 79点
 85点
 92点
字数 思考語彙 知識語彙 表現語彙 経験語彙

 


■思考語彙 16種 20個 (種類率80%) 67点
、いわゆる,ことによって,しまうと,しよう,だろう,と思う,なので,なると,のため,の考える,は思う,ません,も思う,思うざる,来ると,見れると,

■知識語彙 60種 85個 (種類率71%) 79点
不二雄,不可抗力,世界,世界中,主張,人間,今頃,他人,作文,便利,傾向,勢力,半永久,単純,名作,外見,好例,宗教,尊敬,導入,居心地,工業,当時,思考,想像,手塚,技術,拝見,撤去,昭和,時代,未来,歴史,毎回,漫画,無邪気,無駄,状態,現状,現象,球場,理由,生物,発行,突破,精神,累計,自分,藤子,複雑,観戦,解釈,試合,調和,通過,進歩,邪魔,部数,野球,魔王,

■表現語彙 126種 207個 (種類率61%) 85点
ここ,こと,これ,ころ,さ,そう,その後,それ,とき,どれ,のため,よう,インド,キャッチ,スタンド,タイミング,ドラえもん,ハングリー,プロ,プロダクション,ホームラン,ボール,一,万が一,三,不二雄,不可抗力,世界,世界中,主張,二つ,人,人任せ,人間,今,今頃,他人,令,何,作文,便利,傾向,億,前,勢力,化,半永久,単純,名作,和,塊,外見,夢,好例,学,宗教,家,尊敬,導入,居心地,工業,広がり,当時,思い,思考,想像,我々,手塚,技術,拝見,撤去,方,日,昭和,時,時代,暮らし,未来,本,楽,欲,歴史,毎回,気,満々,漫画,火,点,無邪気,無駄,物,状態,現状,現象,球場,理由,生き物,生物,界,発行,的,目,私,突破,精神,累計,繰り返し,考え方,自分,藤子,複雑,観戦,解釈,試合,調和,逆,通過,進歩,邪魔,部,部数,野球,間,隣,魔王,鳥,

■経験語彙 49種 64個 (種類率77%) 92点
いける,おる,くれる,しまう,すぎる,せる,できる,と思う,の考える,は思う,も思う,やってくる,られる,れる,わかる,与える,似る,住みつく,信じる,入る,冷める,勝つ,去る,取り入れる,変える,夢見る,対する,待つ,恵まれる,慣れる,憧れる,持つ,整う,楽しめる,満たす,生きる,生き残る,終わる,芽生える,見える,見れる,記す,読む,走る,超える,述べる,進む,違う,馴染める,

■総合点 81点

■均衡点 1点
 

産業革命以来、機械は
   中1 あさくに(asakuni)  2026年1月2日

 要約:産業革命は人々に無数の夢を見させてくれた。機会は人間の幸せに、技術的進歩は人類の幸福に。これは絶対的な未来だと思われてきた。だが、まだ決定的な結果は無かったのだが、人類が月に到達することが重要だと思われた。しかし、最近はいざ到達してもまだまだやるべきことがあることを知り、人はやっと工学的思考に明確は「フィニッシュライン」は無いと気が付いた。このように、「機械文明が世界を豊かにする」という思想も終わりが見え始めたときに、生物学が輝くそうだ。

私は建築のデザインまたは外見は整いすぎない方がいいと思う。その第一の理由として、完璧すぎたら掴みどころのなさに、なじめないと思うからだ。これは私の個人的推測だが、人間という生物はどんなものにも「上」の立場にいないとどうも落ち着かないのだと思う。この現象は多分大昔私たちホモサピエンスがまだ二足歩行の猿だった時の名残りだと思った。これは猿に値するだけではなく、動物全種にも当てはまることだ。自分よりも強い奴には支配されるまたは食べられる。だが弱い奴は自分に害を加える恐れはないし、自分が食べるかもしれない。このような生物本能・ロジックの残りのため、上司または教師と一対一になったら緊張するのではないか。私は学校では問題児ではないが、万が一教師に呼び出され、個室で一対一で話さなくてはならい状況に侵されたら、直ちに去りたいし、逃げたいと思うだろう。だが、一学年、二学年下の生徒とは気軽に何のプレッシャーもなく話せる。今となり、人間は他の「動物」と一線を隠すようになったが、もともとは「食べ物のため、自分そして子孫の繁栄のために動いていた物」なのだ。もともとは緑に囲まれた、自然豊かな森などですんでいたのだ。技術的にはそこら辺の野獣とは桁違いになったが、やはり本能までは変えられなかった人間。自分の知っている、馴染みのある家の形や性質でないと自分がその物の「上」だと思えず、そこに住むことについての気が乗らないのだろう。例えば、最近よく未来映画なので見るやたらと丸みを帯びた建造物・乗り物だ。現代だったら、かくかくしたビルや薄汚れの乗り物なのだが、それだったらその物に「無駄」があるので人は批評できるのだ。だが、典型的な未来の建物などではそうはいかない。それというのも「無駄」や「余分」が無いのだ。「そんなことはない。『あの建物は丸すぎる』と批評できるじゃないか」という意見も尤もだ。しかし、それはあくまで人間の感想・感性に当てはまらない物だけであり、「どこか無駄なものがありますか」と返せば、反論もできない。そうしたら人間は面白いことに、その建物・乗り物に近づかなくなるのだ。それは、自分の手に負えない物だと知り、生物的本能で「それに近寄りたくない」という心理が働いたのだ。

二つ目の理由として、たとえ「自分の夢だったから」などの理由で近代都市にすみ着いても、人は慣れないと思うからだ。これは私の憶測だが、自分の近代都市に対する夢、理想、尊敬が自分の日常生活を上回り、逆にそこに慣れず、不快感を覚えるのだと思う。手塚治虫の「火の鳥」や藤子・F・不二雄の「ドラえもん」などの未来を設定として描かれている漫画の読者は共感してくれると思うが、そのような漫画ではやはり、現代には無い技術を駆使しながら、高層ビルで優雅に暮らしている人々などが記されている。このような漫画を一目見てしまうと、どうしても「未来へ対する憧れ」が芽生えてしまうのだ。「火の鳥」や「ドラえもん」漫画界の名作で時を超えて読まれている。これは手塚プロダクションや藤子・F・不二雄プロなどには素晴らしい現象だが、同時に「未来はいいなぁー」という夢を半永久的に与えていることになる。実際に漫画「ドラえもん」は累計発行部数は三億部を突破しており、その勢力は世界中に広がりを見している。これは私が「未来に対する夢」を持ってはいけないと言っているのではなく、「持っている間は良いが、いざそのような日がきたら、自分の思いが勝って、案外楽しめませんよ」と主張しているのだ。同じような状態が野球観戦でも見れると私は思う。毎回試合を見に行くときは、ホームランボールをキャッチする気満々で球場に入るが、ほとんどホームランは無いし、万が一ホームランになっても真逆のスタンドに行ってしまうのが好例だ。だが、そのような熱い思いが冷めて、心から去ったころに自分の方にやってくるが、隣の人などにキャッチされる。人の熱い思いが逆に邪魔をすることによって、人は現状を楽しめないのだ。

このように無駄のなさで居心地が悪くなることやいざ住みついても慣れないことから物の外見は整いすぎない方がいいと思う。今頃これを記すのもタイミングが違うが、もともと昭和の時代に生きていた人は今の我々の令和の暮らしを「未来」とし、夢見ていたのだ。けれども、いざ令和になるとほとんどが「これはまだ通過点」と解釈し、単純に「今」がどれだけ恵まれているのかわからない。ここにまだ工業的思考が生き残っているのだ。いざ人が「当時の未来」に来ると、「これはまだ私の考える未来からはまだ遠い」と信じ、何も思わずひたすら他人が技術を進歩させるまで待つ、いわゆる「人任せ大魔王」と化するのだ。その後本当に自分の想像する未来が来たら、自分の尊敬・思いが邪魔をし、馴染めない。ここまで拝見してくれたらわかると思うが、人はなんとも無邪気でハングリー精神の塊だ。この作文を通して、私は「工業的思考を撤去し、生物学的考え方を導入しよう」と述べているが、それでも人はもっと便利、もっと楽な未来のために走るだろう。というのも、生物学的考え方をたとえ取り入れても、歴史の繰り返しだと思う。なので、工業的思考一本だけではいけないと思うが、たとえそれが生物学的考え方と調和しても、人が自分の想像する未来に走る傾向は変えられない。かつてインドの宗教家、マハトマ・ガンジーは「この世界は人を満たすことはできるが、人の欲を満たすことはできない」と言ったことがある。これは私が言った二つ目の理由に似て、人の欲には終わりがなく、ひたすら進むことしかできないのだと解釈した。人は何とも複雑そうに見えて単純な生き物なのだろう。そういう人間の前へ進む精神はどうしても不可抗力なのだ。