文章全体を通して、読書と映像文化の違いを明確に捉え、読書の能動的な性質をしっかりと説明できている点が素晴らしいです。
特に、「読むこと」と「わかること」が切り離せないという考え方を自分の経験に結びつけて具体的に述べているため、説得力が増しています。
「ファーブル昆虫記」の例を用いて、読書の楽しさや深さを具体的に伝えているところもよく工夫されています。
映像と読書の違いを比較しながら、読書の独特な魅力をわかりやすく説明している点も評価できます。
また、テレビや漫画が必ずしも読書の妨げにならないという視点を取り入れ、バランスのとれた考え方を示しているのも良いです。
「馬の耳に念仏」ということわざを使い、読書の意味や心構えについて深く考えている点も印象的です。
文章の最後で、自分の今後の読書への意欲を述べて締めくくっているため、内容にまとまりがあり、読後感も良いです。
【項目評価】
・具体例の活用がよい
・たとえがうまく使われている
・前の話聞いた話がよく書けている(自分の経験を活かしている)
・ことわざがよく書けている
・一般化の主題がよく書けている
・書き出しの結びがよく書けている
内容★ 構成◎ 題材◎ 表現◎ 主題◎ 表記◎
字数/基準字数:1405字/1200字
思考点:74点
知識点:81点
表現点:73点
経験点:88点
総合点:83点
均衡点:4点
■思考語彙 19種 27個 (種類率70%) 74点
例えば,、なぜ,、考える,。しかし,。だからこそ,。確か,が必ずしも,すぎれば,すれば,と考える,なければ,に考える,のに対し,もたざる,を考える,人間にとって,分からざる,深めるため,音楽によって,
■知識語彙 63種 117個 (種類率54%) 81点
一方,一番,一般,不思議,世界,人物,人間,他人,以前,余裕,作品,入口,内容,印象,否定,場面,大切,姿勢,娯楽,実感,念仏,情景,想像,意味,意志,成長,手段,文字,文章,新鮮,昆虫,映像,映画,時間,気軽,漫画,物事,物語,独特,理解,生態,登場,目的,知識,筆者,経験,義務,能動,自分,自身,興味,苦痛,行動,行為,見方,言葉,記憶,説明,読書,重要,関心,関連,音楽,
■表現語彙 99種 199個 (種類率50%) 73点
。確か,きっかけ,こと,ことわざ,これ,さ,それ,それら,もの,よう,テレビ,ファー,ブル,一つ,一方,一番,一般,不向き,不思議,世界,中,人物,人間,他人,以前,余裕,作品,側,僕,入口,内容,分,力,印象,受け身,向き,否定,場面,多く,大切,妨げ,姿勢,娯楽,実感,心,念仏,情景,想像,意味,意志,成長,手がかり,手段,文字,文章,新鮮,昆虫,映像,映画,時間,本,気持ち,気軽,深めるため,漫画,点,物事,物語,独特,理解,生態,登場,的,目的,知識,筆者,経験,義務,考え,考え方,耳,能動,自分,自身,興味,苦痛,行動,行為,見方,言葉,記,記憶,説明,読書,重要,関心,関連,音楽,馬,
■経験語彙 46種 81個 (種類率57%) 88点
、考える,くれる,しまう,す,すぎる,すすめる,せる,できる,と考える,なくなる,に考える,もつ,られる,れる,わかる,を考える,伝わる,働かせる,出会う,分かる,切り離せる,合う,向き合う,味わう,問う,増やす,奪う,広げる,感じる,成り立つ,振り返る,楽しめる,残る,気づく,深める,確かめる,示す,終わる,結びつく,読む,述べる,追う,進める,違う,選ぶ,限る,
■総合点 83点
■均衡点 4点
読書の大切さ
小6 あえさた(aesata)
2026年1月2日
テレビの普及で映画を見る人は減ったが、視聴覚文化が広がっても読書は減らない。映画やテレビは受け身の娯楽で、読む側の努力や選択の自由が大きい読書とは性質が異なるためである。テレビは知的好奇心を刺激することはあっても、十分な知識は与えにくく、かえって読書への欲求を高める面もある。読書は言葉の意味を理解する積極的行為で、「読むこと」と「わかること」は切り離せない。難しい本に無理に挑まず、自分にわかる本を読むことが大切だ。
この文章を読んで一番印象に残ったのは、読書は映画やテレビとは違い、読む側の姿勢が強く問われる行為だと述べられている点である。これまで僕は、テレビや映画と本は同じような娯楽だと考えていた。しかしこの文章では、映像は受け身で楽しめる一方、読書は能動的に自分の意志で読み進め、意味を理解しなければ成り立たないものだと説明されている。特に、「読むこと」と「わかること」は切り離せないという考え方は新鮮だった。本を読むとは、ただ文字を追うことではなく、言葉の意味を考えながら内容を理解する行為なのだと気づかされた。この考え方は自分自身の読書経験を振り返ってみてもよくわかる。
例えば、以前読んだ本の中で特に記憶に残っているのが「ファーブル昆虫記」である。この本は、昆虫の行動や生態について、なぜそうなるのかを考えながら読まなければ理解できない内容だった。ただ文章を追うだけでは面白さが分からず、言葉の意味を一つ一つ確かめながら読むことで、初めて筆者の考えや昆虫の不思議さが伝わってきた。この経験から、読書とは「読むこと」と「わかること」が結びついた、能動的な行為なのだと実感した。同じ作品でも、映画では映像や音楽によって情景がはっきり示されるのに対し、本では言葉を手がかりに想像力を働かせなければならない。その分、登場人物の気持ちや場面の意味を自分なりに考える楽しさがある。映画は気軽に楽しめる娯楽だが、読書には自分から向き合い、考えながら味わうという独特の深さがあると感じた。
一般的にテレビや漫画は読書の時間を奪うものだと言われることがある。確かに、限られた時間の中でテレビを見すぎれば、本を読む余裕がなくなることは否定できない。しかし、それらが必ずしも読書の妨げになるとは限らない。テレビで作品を見たことをきっかけに、映像だけでは分からない考え方に興味をもち、関連する本を読むようになることもある。映像は物語への入口となり、読書はそれをより深く理解する手段となったのである。また、本には向き不向きがあり、他人にすすめられた本が自分には合わないこともある。だからこそ、興味をもったきっかけを大切にし、自分に合った本を選ぶことが重要だと感じている。
人間にとって読書とは、ただ文字を追って知識を増やすことではなく、自分の世界を広げ、物事の見方を深めるための手段である。確かに、ときには義務として本を読まなければならない場面もある。しかし、興味をもたずに読んだ本は心に残りにくく、「馬の耳に念仏」ということわざのように、読んだだけで終わってしまうことがある。だからこそ、自分なりの関心や目的をもって本と向き合うことが大切なのだ。そうすれば、読書は苦痛ではなく、自分を成長させてくれる時間になる。僕もこれから、自分の興味を大切にしながら、多くの本と出会っていきたい。