目的の上に
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庭は、原始社会では、集団全体の広場だった。屋内ではいこい、庭では活動的な共同生活がいとなまれたのだ。しかし、歴史がすすみ、階級制度があらわれはじめると、権力者占有の庭が出現する。めいめいが自分だけの庭をもつ。しかも、凝れば凝るほど、外からはかいまみることもできないようにしてしまう。このように、まったく公共性のない趣味に閉じこもることによって、かつて見られた庭園の純粋さをうしない、卑小な芸に堕していった。たんに生活の虚栄的なアクセサリーになりさがっている。これが庭として、けっして本当の意味ではないことはたしかだ。
もともとの目的にあった行動をすることを大切にすべきだ。
第一の方法は、日々のものごとから生まれた疑問を、深ぼることだ。僕は小学校の頃、よく友達と公園で遊んでいた。小学五年生の頃は、学年で野球がはやり、よくみんなでキャッチボールもしていた。その年の冬休み、僕は家族と母の実家がある神戸に行った。そんなある日、僕は衝撃的な出来事に遭遇した。なんと、ボールが使えない公園に出会ったのだ。ボールの壁打ちをしようと思っていた僕は、驚きと落胆でその場に佇んだ。といっても、僕は一回だけ、ボール使用不可の公園に出会ったことはあった。しかしその公園は、団地に囲まれた本当に小さな公園だったから、これなら確かに危ないからと納得していた。しかし、今回は違った。明らかに大きな公園なのに使用禁止だったのだ。他の遊んでいる子供に当たると危ない、というのはわかるが、そこはボールで遊ぶ人たちが配慮して判断すべきことだ。当時の僕も、友達でキャッチボールをしているときに、小さい子が遊びに来たら、キャッチボールはやめて、ほかのことをして遊ぶようにしていた。もしくは、その小さい子とボール遊びを一緒にすることもあった。子どもでも考えたら行動できることだから、すべて禁止するという方法は、子どもたちから考える力を奪っているのではと僕は思う。その悪循環で、ボール遊びを禁止せざるを得なくなる公園が増えてしまっているのではないだろうか。
第二の方法は、そのものごとの本質を考えてみることだ。織田信長は、江戸時代まで続いてきた戦い方を覆す、画期的な戦術を用いた人物だ。当時、強い武将とは個人の武勇や、名門の血筋である者だ、などという常識があった。戦は、気合と忠義で決まるものだったのだ。しかし、信長は戦いを現実的にみて、本質を見直した。戦の勝敗を決めるのは、個人の力よりも、全体としてどれだけ統一され、効率的に戦えるかであると考えたのだ。そこから、鉄砲を戦いのシステムとして使った、長篠の戦いが起こった。当時最強だった武田騎馬隊を破ったことで有名だ。信長の名言で、「人を用いる者は、能否を選択すべし、何ぞ新故を論ぜん。」というものがあるが、信長は戦いの勝利の本質を思案し、何ぞ古風を論じなかったのだ。
たしかに、過程の中で目的を変えたり、修正したりすることもときには大切だ。しかし、確かな行動とは何もないうえでできるものではなく、確かな目的があるうえで成り立つものである。だから、もともとの目的にあった行動をすることを大切にしていくべきだ。