ソクラテス(感想文)

   小5 あかすな(akasuna)  2026年1月3日

 ソクラテスは、おそらく哲学者の歴史を通じて最も謎めたい人物だろう。ソクラテスはたったの一行も書かなかった。なのにヨーロッパの思想に最大級の影響を及ぼした一人とされている。ソクラテスは自らを「知恵を愛する人」知恵を手に入れようと努力する人のことだ。そしてソクラテスは、ここが大切なところだよ、自分がどれほどものを知らないかということで悩んでいた。哲学者とは自分にはわけの分からないことがたくさんあることを知っている人、そしてそのことに悩む人だ。ソクラテスは自分は知らないということを知っていただけだ。そしてそのことを思い詰めていたのだ。あきらめない人、知恵を手に入れようとあくことなく努める人になったのだ。自分は何も知らないと自覚し、対話で人に考えさせたというソクラテスの行動が素晴らしいと思いました。

 私はしっかりと理解できていたはずなのにいざテストや確かめ問題をやるとなるとできなかったことが複数回ある。社会や理科の授業はあまり好きではなく、やる気スイッチが入っているときと入っていないときがある。やる気がないときは何となく右から左に聞き流しながら聞いているだけであり、だらだらとしてしまう。社会で授業中には言われたことしか考えなかったこともあった。そのため、テストの際はあまりにも低い点数だったので後悔した。テスト用紙を返された時はまるで、自分自身の敵に剣で切斬られたように闇に落ちてしまった。苦手な教科だけでなく、私の好きな算数の授業も理解しているつもりだった。だが、その数日後には練習問題の紙を解いたときのことだった。分かっていたはずなのにわからない問題、場所が多数あったのだ。今後からこのような‘理解できていなかった‘ということを減らすために、いつでも授業は本気でうけて、テストもいい点数をとりたいと思いました。

 父にも私と似ているような経験があった。二十歳を過ぎた時ぐらいに父は料理をしていた。父が料理を作ろうと思い、本で手順を覚えた。しかし、その手順を覚えていたのではなく理解ができていなかったということだ。なので父が実際に作ってみると失敗してしまったらしい。多分父は、本をサラッと目を通しただけだったのだろう。なので私は失敗してしまったのだと考えた。父の話を聞いてみて私は、知らなかったことを初めて知るときはだれでも失敗してしまうのだと思った。

また、母は小学生の頃、授業中にみんなが手を挙げていたため、よく分からないまま手を挙げてしまったことがあった。母は先生にあてられ、

「忘れました」

と答え、とても恥ずかしい思いをしたそうだ。しかし、この話を聞いて私は、分からないことを分からないままにせず、その場で聞くことの大切さが分かった。「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」ということわざがあるように、恥ずかしがって聞かないでいると、後になってもっと困ってしまうのだと思う。この考え方は、自分の無知を自覚し、対話を大切にしたソクラテスの姿とも重なっている。

 私はこの長文を読んでみて、ソクラテスの「自分は知らないということを知る」という考えは、私たちの日常にも深く関係しているということが分かった。私は授業を分かったつもりになっていただけで、本当は理解できていないことが多かった。父も料理の手順を知っているつもりで、実は理解できていなかった。ソクラテスのように、自分はまだ分かっていないかもしれないと考え続けることが大切なのだと思う。これからは分かったつもりで終わらせず、なぜそうなるのかを考え、知恵を手に入れようと努力する人になりたい。