様々な文化に目を向ける
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相手から何か好意あることをしてもらうことは有難いと同時に、負担をかけたという意味で申し訳ないことであり、こちらからもそれにこたえる何かをお返しするまではことはすまないし、自分の気持ちも済まない。ということで、日本語にはそれなりの論理が背後にあるわけである。そして、また、それぞれの特徴の持っている文化的な意味合いも様々であろう。それは、言語を使う人間が一方では自分なりの想像をすることのできる文化的存在であり、同時に、他方では生物学的存在として生理的・心理的に共通の制約を有しているからである。しかし、いずれにせよ、一つの言語を習得して身に付けるということは、その言語圏の文化の価値体系を身につけ、何をどのようにとらえるかに関して一つの枠組みを与えられるということである。私は、自分の文化に自信を持った生き方をしたい。
そのための第一の方法は、否定的な言葉を言われても諦めないことだ。小学生の頃に、アイヌについて学ぶ機会があり、実際に博物館に行って歴史を知り、実際に使われていたものを見ることができた。私は、歴史は覚えることが多くあまり好きではないのだが、アイヌ文化は独自性があり、面白いと思っている。しかし、周りから見るとアイヌ文化はあまり良い印象を持つ人は少ないらしい。歴史の中でも、米と魚を交換する際、アイヌ人が騙されていたということがある。今でも、毛が濃いという見た目の批判もたまに耳にする。だが、それでも諦めずに今でも文化を受け継いでいる。私は、それを知りとても感動している。おそらく、自分だけではなくアイヌ文化を知っている多くの人が思っていることであろう。このように、否定的に思われても諦めず続けることで、それを尊重してくれる人が現れるのだ。他にも、私が小学四年生の時、エレクトーンの発表会があり、練習をたくさんしてきたから成功できる自信があったのだが、緊張しすぎてしまい手が思うように動かなくなり失敗してしまったことがある。周りからの視線があり、しばらくエレクトーンを引くことができなかったが、勇気を出して別のコンサートで引くことにした。本番は、少し間違えたところはあったが、前回よりはましだと思えて、克服することができたのだ。
そして、第二の方法は、積極的に海外の文化に触れていくことだ。渋沢栄一は、生涯で学校、病院、新聞などの約五百社の快泳に関わっていた人だ。他にも、幕末時代にフランスへ渡航している時、銀行制度、株式会社、契約会社などの制度があると知り、それをすぐに日本に取り入れている。とても行動力があり、一見すると少しやりすぎと思ってしまうが、渋沢栄一の行いがあったからこそ今の日本経済は発展し続けているのだと思う。だから、日本の文化だけを尊重するのではなく、他国の文化も視野に入れるべきなのだ。私の学校では、一年に一度海外から留学生が来てくれる。私は、日本以外の文化にも興味があるから、よく留学生と会話をしている。学校の校則も、文化も日本とは全く違うから話を聞いていてとても楽しくなる。おそらくそれは、自分だけではなく他の人も思うことだ。そのような考えを持つ人が増えることで、日本に何か変化が起きると私は考える。
確かに、これからの時代、自国と他国の文化を比べ細かいことを気にするのはあまりよくないだろう。しかし、「自分が考えるとおりに生きなければならない。そうでないと、ついには自分が生きたとおりに考えるようになってしまう。」という名言があるように、日本文化の中だけで生きていくと、他にも素晴らしい文化が多くあるのに、それだけで満足してしまう。私は、自国の文化と他国の文化どちらも尊重できるように、まずは日本の文化に自信を持った生き方をしたい。