言葉の枠を越える

   中3 あかるの(akaruno)  2026年1月3日

 一つの言語を習得して身につけるということは、その言語圏の文化の価値体系を身に着け、何をどのように捉えるのかに対して一つの枠組みを与えられるということである。例えば、日本語には相手から何か好意のあることをしてもらうことは有り難いと同時に、負担をかけたという意味で申し訳ないことであり、こちらからもそれに答える何かをお返しするまでは事はすまないし、自分の気持ちもすまないという論理が存在する。言語の働きは人間という存在にとって無意識の働きに類似できるものになっているのだ。私は、日本人ならではの謙虚な気持ちも大切だと思うが、自分に自信のある生き方をしていきたい。

 まず、失敗や批判を恐れないことが大事だと思う。私は中学受験を体験したことがある。中学受験をする子はたいてい四年生から始めていることが多い。私の周りもそうだった。しかし、私が中学受験を始めたのは六年生で、遅いスタートとなった。それもあってか、模試ではあまり点数を取れないことも多く、塾の先生からは合格は少し厳しいだろうと言われ、そんな中一緒に合格しようと言っていた私の友達はほぼ合格確定とまで言われていた。私は、周りを見て先生の言葉を聞いて、「あ無理なんだな。」と思っていた。けれど、親からは後悔しないようにやれることはちゃんとやれとよくいっていた。そのたびに苦しくて諦めたいと思っていたことを今でも覚えている。合格することができないのに、頑張る意味があるのかわからなかった。自分で失敗をつくりたくないという気持ちが強かったのだ。しかし、実際は合格していた。それを見たとき、親の言っていた通り、後悔せずに自分ができることを精一杯することが大切なことなんだと思った。それと同時に失敗を恐れないことも必要なのだと知りました。

 次に、積極的に他の文化を活かすことも大事だと思う。かの有名な渋沢栄一は「道徳経済合一説」を唱えた。経済活動は道徳と本来一体であり、両立不可能ではなく、むしろ一致させるべきという考え方のことを指している。単なるバランス重視ではなく、利潤追求の根底には道徳が必要であり、国家や人類全体の繁栄に貢献する正しい富を築くことを目指し、社会事業を推進したのだ。この考えは西洋の資本主義と日本の伝統的な儒教、中国の孔子の『論語』この3つを参考に作られた説なのだ。渋沢栄一が目指していた経済発展を通じて、国全体の公益と幸福を実現すべきという社会の形を実現するために、国の考えを積極的に活用し、この説が今でも時代を越えて影響しているのだ。だから、一つの考えに踏みとどまらず、他の国の文化の考えも活かしていくことが大切である。

 確かに、自国の考え方や考えを持つこともその国の発展へとつながる。しかし、それだけに固執してしまえば、新しい視点や可能性を取り入れる機会を失ってしまうだろう。言語が私たちの思考に枠組みを与えるように、文化もまた、私たちの考え方を形づくっている。だからこそ、自分の文化を大切にしながらも、他の文化や考え方を柔軟に受け入れる姿勢が必要だと私は思う。失敗や批判を恐れず、他者の価値観から学び、それを自分の力として活かしていくこと。その積み重ねが、自分に自信を持ちながらも他者を尊重できる生き方につながり、より豊かな社会を築く一歩になるのではないだろうか。