かいこは、人間のために犠牲になっている。
小4 あきたお(akitao)
2026年1月3日
「今から三十七年あまり前、ちょうど、第二次世界大戦が終わって、アメリカと日本の間で、物資や人の移動がさかんになりました。このとき、アメリカから、小さな白いガが日本に侵入してきました。」「じつは、このガの幼虫が、網から出て散らばって活動をはじめると、スズメやそのほかのトリにほとんど食べられてしまうのです。」「私たちの目にいかにも大きな害をあたえそうに見える昆虫でも、自然界の中では大した存在ではないのです。」
僕がこの話を読んで、一番驚いたのは、ガの成虫が卵を約千個ほど産むのに、幼虫の生存率が○.五パーセントだからです。
僕は、去年の冬に、岐阜県の白川郷へ行きました。白川郷の家の中に入った時に、屋上には、木でできた、箱にかいこのまゆがたくさんありました。なので、大昔にでもかいこのまゆから、きぬ糸をとっていたこと、今でも白川郷でかいこのまゆからきぬ糸をとっていることがわかりました。かいこのまゆに幼虫がいる時にゆでて柔らかくして、糸を取るのが、糸の取り方ですが、まゆを茹でた時に、中にいる幼虫が死んでしまっているので、かいこの命を犠牲にして、服を作るよりも植物からとる、コットンで服を作る方が、生き物に優しいなと思いました。
お母さんが小学校二年生の一学期の終業式の日に、担任の先生からかいこの幼虫を、5〜6匹もらいました。カイコとは、がの仲間で、幼虫からさなぎになるときに、まるで糸でできた卵のようなものに入って、さなぎを過ごします。成虫になると、大きな羽が生えて、頭に茶色のツノのようなものが生える虫です。でできた箱の中に、かいこの幼虫とえさである、桑の葉を潰して、ペースト状にした大きい桑の葉100%のソーセージが入っていました。それを家に持って帰ると、おばあちゃんは大喜びでした。なぜなら、おばあちゃんの家は米農家で、冬に人が泊まりにきて、かいこのまゆから、きぬいとを取るビジネスをしていたので、思いがけず、かいこと再会できて嬉しいからだそうです。お母さんは、毎日かいこの観察日記を付けたそうです。夏休みが終わるまでに幼虫は、さなぎになり、さなぎから孵化して、成虫であるガに見事なりました。最後は、卵まで産んでその観察日記は、その年の西宮の夏休みの自由研究の賞をとったそうです。普通の人はかいこを飼うことや見る機会さえも無いので、幼少期の忘れられない思い出の一つだったそうです。子供の時に、かいこを育てて、観察日記につけて、自由研究の賞を取るのが素晴らしいなと思いました。もし僕だったら、お母さんみたいに、育てることができないと思います。
福岡県の博多おりも、かいこが犠牲になっているので、そう思うと、不思議な気持ちになり少し買いたくなくなるなと思いました。