タイミングは大事

   小5 あこふゆ(akohuyu)  2026年1月2日

 まず、この長文は、われわれの頭に浮かぶ考えも、そのはじめはいわば卵のようなものである。そのままでは雛にもならないし、飛ぶこともできない。温めてかえるのを待つ。時間をかけて温める必要がある。だからと言って、いつまでも温めていればよいというわけでもない。卵はおびただしく生まれているのに、適時に殻を破ってくれるきっかけに恵まれないために、孵化することなく、闇から闇へ葬り去られているのであろう。逆に、外から適当な刺激が訪れて、破るべき卵の殻がありさえすれば、孵化が起こるのにと思われるときも少なくなかろう。古来、天来の妙想、インスピレーション、霊感などと言われてきたのも、それがいかに稀有のことであるかを物語っている。たとえ稀有だとしても、起こるものは起こっているのである。人間なら誰しも霊感のきっかけの訪れは受け入れるはずで、それをインスピレーションにするか、流れ星のようなものにしてしまうかの違いに過ぎない。これには運と言うものがある。いくら努力してみても運命の女神が微笑みかけてくれなければ、着想と言うひなはかえらないのであろうと思われる。もっともどんなに運命が味方してくれても、元のたまごがないのでは話にならない。他人事を尽くして天命を持つ。偶然の奇跡の起こるのを祈る。少し話が神秘的になってきた。もっと日常生活的な次元で考えてみよう。

 わたしは、学校の友達と話しているときに、話題に乗り遅れた。その過ぎ去った話題の話をその後に話してしまった。友達から、とても嫌な顔で見られて、これはタイミングが悪かったな。目茶苦茶恥ずかしい。もっと周りの話などに聞き耳を立てたい。と思った。これはまるで、寝坊して電車におくれたサラリーマンのようだ。

 母の思うタイミングが良い人と悪い人のちがいというものは、タイミングが良い人がタイミングが良い人は、そのままずっと良いのだが、タイミングが悪い人はそのままずっと悪いらしい。また、タイミングが良い人は周りのことをよく観察し、人の話をよく聞いている人で、悪い人はその真逆で、よく観察もしていなく、人の話を聞いていない人だそう。

わたしはそれを聞いて、家事をやったことのない父といつもやっている母。父はいつもやっていないから家事がへたくそ。母は、上手。だから、家事といっしょだな。と思った。

 後の祭りと言うことわざがあるように、自分みたいに話題に乗り遅れ、そのことを話してしまう。というタイミングが悪いと嫌だ。思われ、タイミングが丁度よい人が一番だな。と言うことが分った。