本当の豊かさ

   中2 あえかわ(aekawa)  2026年1月4日

今は、スマートフォンなどの情報機器の技術が発達し、知りたいことをすぐに調べることができる上、遠くにいる人とも短時間で連絡を取ることができるようになった。また、コンビニエンスストアやネット通販の普及により、食べ物や生活必需品、さらには趣味に関する物まで、時間や場所を問わず手に入れられる時代となった。以前であれば店に行かなければならなかった物も、現在では自宅にいながら購入することができる。さらにゲームや動画配信サービス、音楽配信などの娯楽も身近になり、年齢を問わず多くの人が日常的に楽しめる環境が整っている。このような変化によって、私たちの生活は利便性が高まり、選択肢の多いものへと変化してきていると言えるだろう。

 確かに豊かであることは良いことだ。食べ物に困らないことや、安定した住まいは人生の土台になる。私たちの暮らす社会では、食べ物や衣服や学用品、医療などの物資が安定して手に入る。私は、災害で学校の体育館に避難したことを想定して学校に一泊する体験をしたことがある。その時、普段食べている温かい食べ物や柔らかい寝具のありがたみを感じた。アリストテレスは、人がよく生きるためには、食事や安全といった生活の条件が必要だと述べている。避難生活の体験を通して、私もその考えを実感した。心理学でも、人は、食事や安全が満たされてはじめて高い目標に向かって努力できるとされている。私が勉強や部活動に前向きに取り組めているのも、生活が安定しているからだろう。

 だが、ものや目に見える豊かさだけでは幸せとは言えない。昔話「かさじぞう」を知っているだろうか。正月を迎えられないほど貧しい老夫婦が雪の日に売れ残ってしまった自分達の商売道具である笠を地蔵に被せるとその思いやりが報われ、地蔵からの贈り物が届くという話だ。この老夫婦は確かに財産やお金に恵まれていないが、思いやりという心の豊かさがあった。物語の老夫婦は、心豊かにして身貧しということわざを連想させる。ものに恵まれていなくても、心の在り方によっては幸せを掴み取ることができるのだ。この物語から、思いやりや心が豊かであることは幸せにつながるといえるだろう。

 現代に生きる私たちは、昔に比べて物や情報に恵まれ、安心して暮らせる環境が整っている。しかし、その一方で、物や便利さだけがあっても、人は必ずしも幸せになれるとは限らない。昔話「かさじぞう」のように思いやりに満ちた行動は、老夫婦を幸せへと導いた。つまり、現代の豊かな社会に生きる私たちも、物や情報の多さに満足するだけでなく、それらをどのように使い、どのような心で生きるのかを大切にすることが、本当の幸せにつながるのではないだろうか。ヘレン・ケラーの「人生は、勇気をもって挑戦するか、何も得られないかのどちらかである。」という言葉のように、豊かさをどう使い、どのような心を持って生きればいいのかを考えることが必要なのではないか。