われわれ自身は必ずしも意識して(感)
中3 あきえよ(akieyo)
2026年1月4日
英語では「You are cold」「He is cold」という表現はどれも同じように普通の自然な表現であるが、日本語では不自然に聞こえる。この種の例は言語のいろいろな面で、またいろいろな抽象度で見いだし、議論することが可能である。そしてそこで見いだされる言語の特徴も段階というものがあり、それぞれの特徴の持っている文化的な意味合いもさまざまであろう。私はこの文章を読んで、もっと自分に自信を持った生き方をしたいと思った。
そのための方法としては第一に、失敗や批判を恐れないことだ。自分で言うのも恐縮だが、私はクラス内では頭がいい方と思われているポジションにおり、自分の中でも謎にそこにこだわっていて、そのキャラクターを崩したくないと感じている。そのため、先生から「この問題分かる人は手を挙げて」などといわれて、本当は正解を知っているのに、もし失敗したらキャラが崩れてしまうという気持ちに駆られて、何も答えないようにしてきた。でも今週の月曜日に、そんな自分に大きなダメージを与える事案が起きた。それは英語の授業で、「先生が出した質問に答えないと席に座れない」というゲームで、私が最後に残ってしまったのだ。またそれに焦ったのか、先生が出した質問についてもあまりしっかりと答えることができなかった。これは私にとっては大事件で、「完全にしでかした…」と頭が真っ白になったし、心なしか周りの視線が私に集中していたように感じた。そして何日か経った今でもあの時のことは鮮明に覚えている。ただこの経験を通して感じたことは、私はほかの人以上に失敗に対して恐怖心を抱いているということだ。だからこれからは、自分の選んだ道に自信をもって進むためにも、今のうちにたくさんの失敗をし、色々な景色を見ておくことを大切にしていきたいと思った。
また第二の方法としては、積極的に海外の人と交流する中で日本文化の狭い枠にとらわれない考え方を身につけていくことだ。特に私は典型的な日本人文化を受け継いでいる身だと思うので、海外の人から刺激を受けていいところは学んでいきたいと思う。私は習い事として英会話をしている。英会話の授業ではアメリカ人の先生から教わっていてもちろん彼女と私的に話すこともある。そこで毎回驚くのは、彼女のコミュニケーション能力である。私も学校などで、初めて会った子には顔を良くすることもあるが、話す内容もないし、二回目に会うとなぜか気まずい雰囲気になってしまうことほとんどだ。でも彼女は、最初はもちろんフレンドリーに接してくれたし、少しグイグイ感じるときもあったけど毎回話すたびに、私について知ろうという気持ちがひしひしと伝わってきてとても嬉しい。私はこの先生がしてくれた行動から、みかけだけニコニコするのではなくて、その人について「もっと知りたい」、私について「もっと知ってほしい」という気持ちを心から相手に伝えていくことが、良い人間関係を築くきっかけになるのだと気がついた。だから私もこれからは、そのようにして友達をつくっていきたいと思う。
確かに、慎重に考えて選んだ決断の方が、より安定して確実なものかもしれない。また、自信だけでものごとを決めることは、まわりに迷惑をかけてしまう恐れもある。いろいろ考えすぎると、恐怖にとらわれて動けなくなってしまう。ただ私はまだ中学生で、知らないことも多すぎる。失敗も含め経験から学び、そこから対処の仕方やリカバリーの方法などを身に着けていくべきなのだろう。しかし「自分が考えるとおりに生きなければならない。そうでないと、ついには自分が生きたとおりに考えるようになってしまう。」という言葉がある。私は、失敗を人に見せたくないという思いからあまりいろいろなチャレンジをしてこなかった。しかしこれからは、失敗をただ「嫌なもの」と捉えるのではなく、そこから学んだことを今後に活かし、自分の決断に自信を持てるような生き方をしていきたいと強く感じた。