個人
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社会は個人というもので成り立っている。しかし、個人は自分が世間を作るのだという意識を全く持っていないのだ。個人の性格にもよるが、確かに世間の中で暮らす方が社会の中で暮らすよりも暮らしやすく、楽なのだ。日本人の多くは世間の中で暮らしている。そのような日本人には、自分たちが排他的な世間を作っているのだ、という認識が必要なのである。しかし、私は、世間にとらわれすぎるのは良くないと思う。
一つめの理由としては、個人の意見を失うからだ。仲のいい友達のグループなどでは、空気を読み、みんなに合わせることが多い。私が小学六年生の時、みんなで出かけることになった。そのとき、みんなは駅に行きたいと言っていたが、私だけは公園で遊びたかった。しかし、私がそこで発言していたら、雰囲気も悪くなるし、「空気の読めない人」として見られただろう。空気を読み、みんなに合わせることは大事だが、ずっとこれが続いたら自分の意見を失ってしまうだろう。
二つめの理由としては、自分で考えて行動する力が弱くなるからだ。他の人にずっと合わせていたら、自分自身がどう思っているかを考えなくなってしまい、他の人の意見が無意識に正しいと思い込むようになってしまうだろう。そして、一人で考えなければいけないシチュエーションで困るだろう。ある程度大きくなるまで親の言うことばかり聞いて、自分で自分の判断をしていなかったら、大人になった時一人暮らしなどに苦労するだろう。
確かに、他の人の意見を尊重するのも大事だ。しかし、オードリーヘップバーンが「あなたの人生を代わりに生きてくれる人はいない」と言うように、自分で自分のことを決めるため、世間にとらわれすぎるのは良くないと思う。