色々な世界に行ける本

   小6 あきりり(akiriri)  2026年1月4日

 「娯楽としてのテレビと映画とはたいへんよく似ている。すわっていれば画面が適当に料理してくれる。しかし 本を読むのにはいくらか 読む 側にも努力がいる。本を読むときの方が、自由が大きい、自分の意思や努力 で決めることのできる範囲が広いという点がある。テレビにはいくらか知的好奇心を刺激する番組 もある。「憲法」や「ダム建設」に対する好奇心を刺激する。そこでまとまった知識を読書によって得ようという欲求が起こっても不思議ではない。本とはその言葉を理解することで本をよくわかる。読むこととわかることとは切り離せない。」

 私は窓ぎわのトットちゃんの映画を友達と五年生のときに見に行ったことがある。その映画を見てトモエ学園で校長先生がトットちゃんに「何でも話してごらん」と言ってトットちゃんがたくさんのことを校長先生に話していた場面を今でも覚えている。この映画がとても面白かったので映画だけでなく本も読むことにした。この窓ぎわのトットちゃんの本も読み全体的に本の方がくわしくかいてあった。特になぜトットちゃんが退学になったかという細かいところなどをより理解することができた。トットちゃんが退学になった理由は、授業中に騒いでばかりだったり、机を閉めたり、開けたりして落ち着きがなかったからだ。そこの場面などのところを絵で表せない代わりに少し大げさに書いてあったところがトットちゃんが退学になってしまった理由だ。こうしたことから、本の方が詳しく書いてあると思ったので私は本の方が好きだ。

 次はお母さんから聞いた話だ。お母さんは昔ハリー・ポッターの本を読んだそうだ。お母さんはその本を読み物語の中に吸い込まれたそうだ。だからその本を味わえたそうだ。

ハリー・ポッターが人気だったため映画も上映されていたそうだ。本が面白かったからという理由で母は映画も見に行ったそうだ。実際に映画をみて自分の想像をしていた主人公と違ったそうだ。だからがっかりしたと言っていた。人間にとって 読書とはファンタジーなどの本は経験できないことをさせてくれるからいいなと思う。これからも想像力を働かせていろいろな本の冒険に行ってみたいなと思った。