恐れられる鬼
小5 わかば(akahime)
2026年2月1日
「鬼はそとー!福はうちー!」
私は節分が嫌いだ。ぜなら、私の誕生日は2月1日。そして、本来節分は二月三日だが、保育園側の都合で、私の誕生か、次の日に節分をしたりすることがあった。せっかくの誕生日なのに怖いしかめっ面の鬼に出くわすのは、『最悪』という言葉でしか言い表せない。私は鬼が人一倍怖かった。鬼はまるで般若のようだ。般若は嫉妬と執念で鬼と化した女性だ。人間でもあんなに怖いのだから、鬼だったらもっと怖いに違いない。当時、鬼をとても恐れていた私は、節分が小さなトラウマになってしまった。
保育園時代、私は鬼が怖すぎて、鬼から逃げて走っていた。保育園の先生に、鬼がいるときの方が足が何倍も速くなると言われたこともある。節分の写真が飾られていた。しかし、私が全力で逃げ回るせいで、わたしを写真に収める隙がなかったらしい。みんな映っているのに、私らしき写真には、残像しか残っていなかった。それだけ私は鬼を恐れていたのだ。また、従姉にも同じ経験があると前に聞いたことがある。従姉は私以上に鬼を恐れていて、保育園で出てきた時、足や鬼の顔を叩いてしまったらしい。それで次の日、保育園の先生の顔にものすごいあざができていたそうだ。それを聞いた私は、いくら怖いとはいえ叩いてしまうなんて鬼は相当な恐怖を人に与えるのだと感心した。
そもそも、そんな鬼が生まれたのか、鬼=悪者だと決めつけられているのかを調べてみた。鬼が生まれたのは、平安時代。人にはまだ解決・制御が不可能な病や災害などの恐怖を具現化したものだ。だから、鬼は恐れられるのだ。それを知り、私は鬼は人間の解決できないことを押し付けられ、自分のせいにされ可哀そうだと感じた。でも、地域によっては良い鬼もいるらしい。新聞で読んだことだが、栃木県日光市のマスコットキャラクターは『鬼怒太』という、邪気を払い幸福を招く鬼らしい。そこから、その地域での節分の掛け声は、「福は内、鬼も内」というらしい。大分県や北海道等にもそのような地域がある。それ等ができた理由はちゃんとある。昔、その地域での鬼の伝説は、鬼が村の守り神になってくれた、というものだ。そこから、鬼は悪霊等に分類される物ではないとなっている。
伝統行事とは、習慣・伝統だけでなく、その土地の伝統を信仰した、昔の人の考えや思いもそのまま受け継いでいると分かった。
「福はうちー!鬼もうちー!」