先人たちが残したものを使って
小6 てつ(akotetu)
2026年1月4日
人間は常に常に新しいものを欲しがり、研究をする。
その為、昔のものや研究はどんどん忘れていってしまう。
テレビが普及して、映画を見る人が少なくなったというのはほんとうです。「視聴覚文化」が盛大におもむき、本を読む人が少なくなるだろう、というのは、どうもほんとうらしくありません―ということは、およそ常識からも察せられるでしょう。
しかしテレビには娯楽番組のほかに、いくらか知的好奇心を刺激する番組もあります。たとえば憲法についての座談会とか、ダム建設工事現場の写真とかいったものが「憲法」や「ダム建設」に対する好奇心を刺激しますこのことから本を読む人が少なくならない理由の一つに「テレビにはない面白さがある。」ということだとおもう。テレビには面白い番組や、リアルタイムで見れる番組がある。だが、本にも魅力があル。例えば自分で本の場面を空想で描いたり、これからどういう展開になるのか予想できたりする。
そういうところで本とテレビでの、魅力の影響が違うのだと思う。
テレビと本の一番の違いは、二つが誕生した年代についての違いだと思う。
まず本ができた年代についてぼくはインターネットで調べてみた。すると、本の元になるものができたのは今から約3000年前に中国が竹簡(ちくかん)と木簡(もっかん)というものを誕生し、紀元105年頃に蔡倫(さいりん)が紙を発明、さらに、中世初期の6世紀頃に羊皮紙(ようひし)に書かれた写本が登場、そして1450年頃にグーテンベルクが活版印刷を発明したことで、現代の「本」に近いものが生まれたと書いている。
では、逆にテレビはどうだろう。テレビは、1926年に日本の高柳健次郎がブラウン管で電子映像表示に世界で初めて成功したことで始まり、そこから約34年かけて本格的にカラーテレビが復旧いたと書いている。
このことから、テレビは本より比較的近代的なものだと言える。
哲学者パスカルは「人間は考える葦である」と述べた。
すなわち、人間は水辺に生える細い脚のように非力な存在だが、考えることによって大きな存在にもなれるという意味だ。
このことから、人間は様々な研究、発見をし、新しいものを開発してきた。テレビだってそうだ。
だが、先人たちが開発をしてきた文化はまだ残り続けている。それは、たとえどんなことがあっても人間の一人一人が忘れてはいけないと思う。
ということから、偉業は人間にとって、進化の材料と言える。
なぜなら、わからないことがあったら、昔の結果を元にして新しい結果に導くこともできるからだ。
人間は、この先の人生の中で、大きな問題に直面する。例えば、地球温暖化、少子高齢化、領土問題(日本)、人権問題、差別問題、伝統保護問題、戦争問題などが挙げられる。
だが、そのことを解決するためには昔の人たちが残した結果を元に作れると思う。
例えば、スプーンやフォークは木製品のものにする。差別をしないように、まずは一人一人が、仲間の大切さを理解するなどということだ。
このことからぼくは、将来の夢を達成する材料の一つに、誰かが残した結果を元にして、良織良い答えを導き出せる大人になりたい。