慰霊祭のたびに
中2 なのなの(nanonano)
2026年1月4日
慰霊祭のたびに
須藤璃子
慰霊祭のたびに官僚の挨拶がある。「皆様の尊い犠牲の上に今の平和があることを決して忘れず。」という言い回しを何度か聞いた。その度にそれは違うと思った。
犠牲がなければ今の平和がなかったわけではないだろう。
戦争は誰だって同胞たちの死を無駄とは思いたくない。意義のある崇高な死と見なしたい。
しかし、無駄と認めないのは、自分たち人間の愚かさを糊塗(取り繕って誤魔化すこと)
することに他ならない。
数百万人の死という犠牲の上にしか二十世紀後半の平和が成立しないのだとしたら、そんな平和はいらない。
阪神淡路大震災の悲惨さを後世に語り継ぐことは大切だ。
私の住んでいる神戸では、今から三十一年前の一九九五年一月十七日朝の五時四十六分にマグニチュード七.三の大きな地震が起きた。
当時、震度七が初めて観測されて家屋の倒壊や火災でたくさんの人が亡くなった。
この大きな震災が起こって、私は小学一年生の時から今まで一月七日になると、防災学習と言って避難訓練が行われたり、学校に地震に詳しい人や本当に体験した人が来てたくさんの話を伺ってきた。今年の防災学習は、当時中学生や、高校生、五歳で地震にあった人たちの作文を朗読して聞かせるおばさんが学校に来てくれた。
朗読を専門としている人のお話をあまり聞いたことがないので、期待はしていなかった。
最初の作文朗読が始まった時、衝撃を受けた。「絶対に死なないぞ!」という文から始まった話は一つのドラマを見ているかのように頭の中に次々と情景が浮かぶ。その話は、家族四人が家の瓦礫に埋まって約三〇センチのところで五時間くらいずっと助けを求めていたけどみんな自分のことや家族を探すのに必死だから声を出しても気づかれなくて足先が冷たくなってきた頃にやっと気づいてくれて全員助かったと言う話だ。朗読が終わったらみんなその作文に聞き惚れていた。今まで小学校でいろんな勉強をしてきたけれど、実際に瓦礫に埋まっているひとの感情の文章は聞いたことがなかったので、とても素晴らしいものだと思った。地震の悲惨さを後世に継ぐことが大切だと身に沁みて感じた。
しかし、防災が起こった時のために自分たちで対策することも大切だと思う。
防災学習で毎年先生に言われることは、「みんなも帰ったらおうちの人とかと震災のことについて話したりしてみてね」や「防災バッグや大きな家具が動かないように固定してみてね」だ。
他にも新聞紙でスリッパを作る方法や防災グッズの詳細などいろんな対策の話を教えてもらった。私の家は実際に、防災バックは用意しているけど家具は固定していない。
だから、今から三十年以内に起こると言われている南海トラフに向けて防災対策をしようと思う。
確かに、阪神淡路大震災の悲惨さを後世に語り継ぐことや、防災対策をすることも大切だと思う。しかし、一番大切なことは、「生きていればこそ」という慣用表現があるように、生きているからこそ先があるので生きていることが何よりも大切だと思う。