世間から抜け出してみる

   中1 みお(aemio)  2026年1月4日

 現実の日本人の多くは、社会を構成する個人としてよりも、世間の中にいる、一人の人間として行動している。そして、日本人はできるだけ目立たないように生きることが大切だと考え、自分の能力も必要以上に示さないようにする。その理由は、彼らが何よりも怖いと思っている「世間」から爪弾きされないようにするためだ。日本人の一人ひとりには世間があり、世間は日常生活の次元においては快適な暮らしをするうえで必須なものに見える。しかし、排他性や差別的閉鎖性をもつ世間は公共の場に出たときにはっきり現れる。そのようなとき、私たち日本人は、自分たちが排他的な世間を作っているのだ、という認識がほとんどないのである。私は、人は社会を構成する個人として生きるべきだと考える。その理由は二つある。

 第一の理由として、個人として生きることで、たくさんの個性と出会うことができ、一人ひとりの価値が生まれるからだ。「世間」という同じ意見を持つ人が集まる場にずっといるより、違う意見や個性を持つ人と交流したほうが、自分自身の可能性も広げられ、また、自分の意見を深めることができる。私は数学の授業を受けて、解き方を話し合うとき、意見が違う人のほうが最後まで自分の意見をしっかり説明できると気が付いた。意見が同じ人はお互いどのように考えたのかすでに知っているから、相手に説明することは特にない。しかし、意見が違う人と話をすると、相手の考え方を、自分の新しい考え方として手に入れることができた。また、自分の意見を相手に説明するときに、自分の意見を振り返ることができた。自分とは異なる人との交流が、自分を考えるきっかけになる。だから、多様な人とかかわることは大事だと思う。

 第二の理由として、個人として生きることで、他の人やまわりに影響されず、自分で物事を判断できるようになるからだ。ベネッセが2023年に実施したアンケート「キミにとっての『先輩後輩』『自分の意見』について教えてね」では、「自分の意見を言えるか」という問いに対して、「家族の前や仲の良い人の前では言える」と答えた人が全体の49.9%だった。そして、言えない理由として、「自分の意見が間違っているかもしれないから」が一番多かった。このことから、ほぼ半分の人が、「世間」のなかでしか意見を言えず、周りに流されてしまっていることがわかる。また、「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」で、「自分の考えをはっきり相手に伝えることができる」に「そう思う」と答えた日本人は13.8%で、他の国々と比べ、半分以下になっていた。このことから、日本は特に自分の意見に自信がなく、伝えられるとしても、それは世間のなかでしかできないと思っている人が多いとわかった。だから、自分は、社会を構成するたくさんの人の一人だ、という考えを持ち、つながりの強い人だけでなく、いろいろな相手に自分の意見を言おう、と、自信を持ったほうが良いと思う。

 確かに世間があることで、自分がみんなと同じだと確認できて安心するかもしれない。しかし、「持ち物を気にするのは、実力に自信がない証拠」という名言がある。この名言のように、自分の意見があっているか間違っているかを気にする必要などなく、自分の意見を信じて一歩進んでみるのも大事だと思う。そうすることで、同じ考えや、自分と似ている意見をもつ人たちがいる「世間」では出会えなかった、他の考えを持つ人や、様々な個性を持つたくさんの人たちと関わることができ、自分の世界をひろげられ、そして自分の個性についても考えるきっかけができるはずだ。だから私は、少し勇気を出して、自分とは違う意見をもつ人とも関わっていきたいと思う。