成長とともに失われるもの

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 まさかソフィーは、世界をわかりきったものだと思っている人の仲間ではないよね?わたしっておかしなもの、とソフィーは考える。わたしはなぞめいた生き物、と……。わたしはだれ? でも宇宙とはなんだろう? なんであるのだろう?これは「習慣」の問題です。ママは人間は飛べないということをとっくに学んでいる。悲しいことに、わたしたちはおとなになるにつれ、世界そのものになれっこになってしまう。わたしたちは子どものうちに、この世界に驚く能力を失ってしまうらしい。

 この文章を読んで一番印象に残ったのは、人間は成長するにつれて、世界そのものに慣れてしまい、不思議に思う力を失っていくと述べられている点である。これまで僕は、成長することは良いことばかりで、疑問を持たなくなるのは知識が増えた証拠だと考えていた。しかしこの文章では、世界に慣れることによって、本来感じるはずだった驚きや問いを失ってしまう危うさが示されている。その考え方は、僕にとって新鮮であり、同時に考えさせられるものだった。

 この考え方が印象に残った理由は、僕自身の経験と重なる部分が多かったからである。僕も小さいとき、身の回りの出来事に対して強い疑問を抱いていた。夜空を見上げて「星はどうして落ちてこないのだろう」と考えたり、鏡に映る自分の顔を見て「どうしてこれが自分なのだろう」と不思議に思ったりしたことを覚えている。そのころは、答えが分からないこと自体が楽しく、考えることに意味があるように感じていた。

 しかし、成長するにつれて、そのような疑問を持つことは次第に少なくなっていった。学校で知識を学び、「理由」や「仕組み」を知ることで、分かったつもりになり、それ以上考えようとしなくなってしまったのである。疑問をもたなくなったことを、僕はこれまで成長の証だと思っていたが、この文章を読んで、それは同時に世界に驚く力を手放していた結果なのではないかと気づかされた。

 文章の中である、子どもと大人の反応の違いは、こうした変化を分かりやすく表している。子どもは、世界の決まりをまだ十分に知らないため、起こる出来事をそのまま不思議なものとして受け止めることができる。一方で大人は、これまでの経験によって作られた常識に縛られ、「あり得ない」という判断を先にしてしまう。その結果、本来なら立ち止まって考えるべき場面でも、疑問を抱く前に考えることをやめてしまうのだろう。

 また、「自分自身に出会う」という考え方は、僕にとって特に印象深かった。普段、僕は自分という存在を疑うことなく生活しているが、改めて考えてみると、自分が考え、感じ、行動していること自体が不思議なことである。小さいころに感じていた、理由の分からない不思議さを思い出すことで、世界や自分を新しい目で見直すことができるのだ。

 人間にとって成長するということは、知識を増やすことと同時に疑問を持ち続ける姿勢を失わないことなのだと思う。初心忘るべからずということわざがあるように、初めて世界に出会ったときの驚きや戸惑いを忘れずにいることが大切だ。僕もこれからは、物事を当たり前だと決めつけず、小さいころの自分が持っていた疑問を大切にしながら、世界と向き合っていきたい。