現代はアイデンティティ不定の(感)

   中3 あきえよ(akieyo)  2026年2月1日

  現在はアイデンティティ不定の時代といわれている。そして近代社会は、前時代の共同性を解体させ、一人の個人がある具体的な共同体に属することの内的な意味を希薄化させており、これがアイデンティティ不定に大きく関わってきている。同時に、私たちの社会において「大人である」とか「大人になる」とかいうことが、何を指すのかがはっきりしないことも意味する。この文章を読んで私は、社会の中で自分の役割を果たすことによってアイデンティティを持てるような人間になりたいと感じた。

 そのための方法としては第一に、実際の社会を体験することだ。そうすることで自分の存在価値に気付くことができ、それが今後の自分を成長させていくための重要な力となるであろう。私は、このような経験をしたことがある。中二のとき校外学習でTGGという英語版キッザニアのような施設に行ったときのことだ。そこでは外国人のスタッフが班別になった私たちをいろいろな職業体験コーナーに誘導してくれる。私は英語が得意ではなく、カフェで指定されたものを頼んだときには八割がた手話になってしまったので、良かった体験かと言えばそうではない。しかしそこで日本人スタッフが私たちに言った言葉がとても印象に残っている。それは「日本には外国の方たちとも対応できるようなコミュニケーション能力をもった若い人たちが必要で、ぜひあなたたちにそうなってもらいたい」という言葉だ。それを聞いたときに私は、「いま私たちが必要にされている」という意識を持った。また私も次の世代をひきついでいく一人として、もっとコミュニケーション能力を持っていく、という新しい目標が生まれた。そしてこの経験から実際の社会を体験することで新しく生まれる目標や、自分らしさを見つけられるきっかけになると知り、インドアで休日はほとんど家にいる私も、自分の存在価値を見つけるために外に出てみようと思うことができた。

 また第二の方法としては、社会もいつまでも若者を子ども扱いせず重要な役割をどんどん与えていくことだ。そうすれば子供も大人と同等に意見を述べやすい環境がつくられて、「自分に求められていること」の存在に気付くことができるようになると思う。同時に重要な役割を担うことは責任も伴うから、より責任感をもった決断をする機会も増えるとも感じる。私は、勉強することがあまり好きではないので自主的に学習をすることは少ない。特にここ数カ月はSNSで流れてくる動画やゲームの誘惑に負けて、休日をほぼ勉強せず無意味なことに時間を使ってしまいがちだ。そしてそれは、試験勉強にまで支障が及んでおり、二学期の期末試験勉強はテスト初日の二日前くらいから始めてしまった。そのせいで、テスト期間中は次の日のテスト科目を夜三時まで勉強するという不健康なサイクルを何日も続けてしまっていた。そして「いつまでも子供ではいられないのだから、今のうちから勉強する習慣をつけておきなさい。」と親に激しく怒られた。そう言われた当初はただわずらわしいとしか思っていなかったが、後に考えてみると、今の私は中学3年生であるというのに、これから大人へとなっていくことを眼中にもいれず、子供のままエスカレーター的に育ってきていたのだと感じた。そして同時に、「何日も前から勉強しなくても試験前日にたくさん勉強をすればいい点が取れる」という子供らしい考えのもと、実際に行動に移してしまった自分を恥じた。だから私のように子供のまま青年期に入いってしまう人を減らすために、世間は「まだ子供だから」という甘い対応を子供にとるのではなくて、小さなころから大人の考え方を教えていくことが重要だと感じた。

 確かに、しばりが無く自由な立場にいた方が無限に可能性があるように思えるけれど、逆に自分の方向を決めて立場をもって行動を起こすことで、自分の考え方が明確になり却ってよりたくさんのアイデアを出せることもある。毎回作文の実例を考え振り返っていて思うのは、リーダー的な立ち位置ではないわりに、自分の立場を考えて日々行動しているということだ。例えば、所属している美術部内で私たちの学年が六角柱を作ることになった際に、グループ内では消極的な立ち位置である私は、その立ち位置で身に着けた観察眼を使って、六角柱の作り方のアドバイスをしたことがあった。子供だからといって何も考えていないわけではなく、自由闊達な発想もある。だから早く大人になろうとするのではなく、大人にはない子供なりの視点を表明しても良いと思う。また「トランプが生きているのは、それが実際のプレーに使われているときである。」という言葉もあるように、経験によって得るものは千差万別だ。だから私は社会の中で自分の役割を果たすことによってアイデンティティを持てるような人間になっていきたいと思う。