同じ立場に立つ想像力が、より良い社会をつくる

   高1 ヨーヨ(waoho)  2026年2月1日

文章を書くことで、作者は自分や他者を理解する手がかりを得てきた。読む側の答えに触れることで、自分の視野の狭さや他者との違いに気づき、世界が広がっていく。文章は自己表現であると同時に、他者とつながり、自分を外側から見つめ直すための営みである。私たちは、相手と自分とを切り離された存在としてではなく、根本では同じ人間であると捉えるべきだ。

 そのための方法として第一に、相手の立場に対する想像力を持つことが重要だ。人は、自分が経験したことについては理解しやすい一方で、経験していないことに対しては無関心になりがちである。一度体験してみなければ分からないことは確かに多い。しかし、同じ場面に直面したことがないからといって、理解しようとする姿勢まで手放してしまってよいわけではない。分からないからこそ、安易に決めつけたり背を向けたりするのではなく、相手の状況を想像しながら考え続けることが求められているのである。例えば、部活動において後輩が準備を怠っていたとき、私は「なぜ準備をしていないのか」と苛立ちを覚えていた。準備は当たり前のことであり、少し意識すれば誰にでもできることだと考えていたからである。しかし、合宿の際に自分たちが準備を担う立場になったとき、時間配分を誤り、準備の開始が遅れてしまった。その結果、全体の進行に影響が出てしまい、周囲に迷惑をかけることになった。一見すると難しいことではないように思えても、実際には複数の作業を同時にこなす必要があり、想像以上に負担が大きかった。頭では理解していたはずの大変さを、身体を通して初めて実感したのである。この経験を経てからは、後輩の行動に対して苛立つのではなく、自分も進んで準備を手伝うようになった。体験は理解を一層深める。しかし、体験がなくとも想像しようとする姿勢を持つことはできる。その姿勢の有無こそが、相手を見る目を大きく変えるのである。

 第二に、自分たちだけの狭い世界に安住しないことも大切である。限られた価値観の中に閉じこもってしまうと、物事の見方は次第に固定化され、外の世界を正しく捉えることが難しくなってしまう。その結果、自分たちの考えこそが唯一正しいという錯覚に陥りやすくなる。しかし、他者や異なる文化と触れ合うことで視野が広がり、そこに自分たちなりの考えを組み合わせることで、より良いものが生まれる可能性が高まる。例えば、渋沢栄一は1867年、徳川昭武に随行してフランスを訪れ、パリ万国博覧会を視察した。そこで彼は、当時の日本にはなかった銀行制度や株式会社の仕組みを学んだ。しかし、帰国後、それらをそのまま導入したのではなく、日本の社会構造や人々の価値観に照らし合わせながら再構成した。そして1873年には第一国立銀行を設立し、西洋の経済思想と、「論語」に代表される日本的な道徳観とを融合させたのである。外の世界に触れたからこそ視野が広がり、さらに自分たちの考えを加えたことで、日本独自の近代経済の基盤が築かれたと言えるだろう。

 確かに、ある分野を深く究め、自分たちの考えを貫くことも重要である。しかし、「人は他者を知ることで、自分自身をより深く知ることができる」という言葉があるように、外の世界と向き合う姿勢こそが、人を成長させる。相手と自分とを切り離して考えるのではなく、同じ立場に立とうとする意識を持つことで、理解は一層深まる。そうした積み重ねが、個人だけでなく社会全体をより良い方向へ導いていくのである。