勇気ある一歩
中3 かののん(kanonon)
2026年1月3日
われわれ自身は必ずしも意識していないかも知れないが、例えば「スミマセン」という表現は不思議だと感じられることがある。つまり、寒いと感じるのは本人の感覚であり、それを本当の意味で体験できるのはその本人だけである。もしそうだとすると、この点における言語の働きは、人間という存在にとって「無意識」の働きにもある程度類比できるのではないか。私は、自分の立場を弁えながらも、自分の価値を過小評価せず、自分の意見を肯定できる人間になりたい。
そのためには、第一に、人からどう見られるかを気にしすぎないことだ。先日のオリエンテーションで行われたスピーカーズコーナーでの経験は、そのことを強く実感させた。第一弾の最初に発表したのは、普段から明るく、意見をはっきり言える同じ班の子だった。私は、人前で話すことにも慣れているのだろうと思っていたが、実際に前に出た彼女の声は震えており、強い緊張が伝わってきた。それでも彼女は、自分の夢や留学で達成したいことを最後まで語り切った。その姿は、私に大きな勇気を与えた。私自身も第一弾で発表すると決めていたが、募集が始まると、内容が飛んでしまうのではないか、沈黙があれば意見のない人間だと思われるのではないかという不安に縛られ、なかなか発表者のエリアに行けなかった。しかし締め切り直前、彼女が以前から私がやりたいと言っていたことを思い出し、背中を押してくれたことで、私は一歩を踏み出すことができた。実際に前に立つと、やはり緊張で話したい内容の一部しか話せず、悔しさが残った。それでも今は、勇気を出して発表して本当によかったと思っている。行動しなければ、その悔しささえ得られなかったからだ。
また、もう一つには、海外の考え方や表現に触れ、自分の当たり前が一つの文化にすぎないと理解することだ。先日私は、AFSの国際交流イベントで、日本に留学中の中国人学生と出会った。それまでの私は、ニュースで見る不安定な日中関係の印象から、中国人に対してどこか距離を感じていた。しかし、彼女が周囲の反対を押し切って日本へ留学した背景を知り、その考えは大きく覆された。彼女の両親は、世界平和の方が大切だという考えから、学びを続けることを後押ししたという。彼女が、日本に住むことが昔からの夢であり、将来もここで暮らしたいと語る姿に、私は国や政治という枠組みで人を一括りにしていた自分の狭さを痛感した。
確かに、それぞれの文化の個性を守ることは大切である。しかし、自分の言語や文化を唯一の基準としてしまえば、他者を正しく理解することはできない。一つの言語を身につけることは、一つの価値体系を身につけることでもある。その枠組みに気づき、必要であれば越えていこうとする姿勢こそが重要なのだ。勇気を持って一歩を踏み出し、自分の意見を信じ、他者の価値観に耳を傾ける。その積み重ねが自身を成長させ、周囲にも勇気を与える生き方につながるのではないだろうか。