僕のベランダ農園

   小4 みきひさ(mikimiki)  2026年2月2日

 保育園の頃から今まで、ベランダで、僕は母と植物を育てている。僕は、これまでに約十種類の植物を育てた。例えば、イチゴ、アスパラガス、キャベツ、じゃがいもなどだ。僕の家で育てているものは、野菜が多い。なぜかというと、野菜は美味しいからだ。今までで一番育てるのが大変だったのは、ナスだ。なぜかというと、ハダニが付いてしまい、駆除が大変だったからだ。いつものようにベランダに出てみると、何だかナスの様子がおかしくて、僕は、

「ナスが枯れちゃっているー。」

と、大きな声で叫んだ。ナスに近づいてみると、

「葉っぱの色が変だー。黄色に変わった気がする。」

と、驚いた。そして、

「何かナスの葉っぱに付いているー。」

と僕は気づいた。その後、よ~く観察してみると、とてつもなく小さい何かがワサワサと動いているように見えた。小さい何かは隠れるように葉っぱの後ろにどんどん進んでいた。その様子は、まるで、蜂が巣に入るようだった。そして、さらに、よく観察した。

「一、二、三、四、五、・・・、数えられない。」

この小さな虫はインターネットで調べるとハダニだった。数えきれないほどのハダニが、ナスの葉っぱを食い荒らしていたのだ。僕は、僕の大切に育てているナスをハダニに食べられて、とても悔しい思いをした。

 僕は、自分で育てたキュウリやナスなどを収穫し、それを食べるのが好きだ。家で育てた野菜は、買ってくるものに比べて、みずみずしく、美味しい。なぜなら、採ったばかりで、新鮮だからだ。毎日、朝、収穫のも楽しい。僕は、いつも専用のハサミでチョキッと茎を切る。発芽したり、苗を植えたりする時、

「美味しい実がなるかな?」

と、未来を想像して、期待する。もし、僕が農家だったら、毎日ワクワクしながら生きていると思う。なぜなら、きちんと野菜を出荷するために、ちゃんと栽培をしようと思うからだ。農家として野菜を育てるには、農地を買う必要がある。農地を買うには、農業委員会の許可が必要だ。このような大変な手続きをしても農家になるのは、多分、植物を育てるのが好きだからだろう。

 花が咲くと、僕が虫になって綿棒を使って受粉を手伝わなければならない。なぜなら、僕の家は五階にあり、虫がなかなか飛んできてくれないからだ。受粉方法は主に二つある。自家受粉と他家受粉だ。自家受粉は、自分で受粉できる方法で、例えば、アサガオがある。他家受粉は、鳥や虫に受粉してもらう方法で、例えば、ホウセンカがある。僕は、なぜ全て自家受粉じゃないのか疑問に思ったので、インターネットで調べてみた。自家受粉のメリットは、受粉の確実性が高いこと、媒介者がいらない、つまり、鳥や虫がいなくても受粉できることだ。逆に、デメリットは、環境への適応力が低いこと、近交弱勢であることだ。近交弱勢とは、近親交配の繰り返しにより、生物の遺伝的多様性が低下し、繁殖力、生存率、強健性などの適応度が下がってしまうことだ。一方、他家受粉のメリットは、環境への適応力が高いことだ。逆に、デメリットは、受粉の確実性が低いこと、媒介者が多く必要であり、その結果、受粉相手に依存する必要があることだ。つまり、他家受粉の植物は、鳥や虫などがいないと、子孫が残せないのだ。調べてみて、植物が自家受粉と他家受粉に分かれたのは当然のことかもしれないと思った。その理由は、どちらにもメリットとデメリットがあるからだ。「卵を一つの籠に盛るな」という言葉がある。この言葉は、物事を一つにまとめると、一つの失敗で全てを失ってしまって取り返しがつかなくなることを意味している。自家受粉と他家受粉にはどちらにもメリットとデメリットがあるので、全て自家受粉になると、その分リスクが大きくなってしまう。つまり、植物の世界でもリスク分散をしているのだ。

 人間にとって、植物を育てることはみんなが簡単にできることだ。だからこそ、庭やベランダで育てている人が多いのだ。僕は、植物を育てるメリットが三つあると考えている。一つ目は、食べられることだ。野菜を育てると、実(例:トマト)、茎(例:アスパラガス)、葉(例:キャベツ)、根(例:さつまいも)、花やつぼみ(例:ブロッコリー)を食べることができる。このように、人間は植物のあらゆる部分を食べるのだ。二つ目は、花が綺麗なことだ。例えば、マリーゴールドは黄色で集合花として知られている花だが、見ているだけでうっとりする。三つ目は、成長が楽しみなことだ。植物は、花がさいたり、実ができたり、種ができたりする。その成長は期待することばかりでウキウキする。このように、植物の成長は、人間に良い影響を与えているのだ。人間にとって、植物を育てることは、健康に直結する行為である。「全力投球」という四字熟語がある。この四字熟語の意味は、持っている力の全てを出して物事にあたることである。これから、植物の成長を見守りながら、全力で栽培を楽しんでいきたい。

ふと窓の外に目をやると、僕の育てている野菜はまるで太陽とハイタッチするように葉っぱを伸ばしていた。