若者に託される選択

   中3 かののん(kanonon)  2026年2月1日

 現代はアイデンティティ不定の時代といわれている。ところが近代は、子どもから大人への変化期からこの単純な境目を取り払い、代わりに「教育課程」という、長い射程をもったシステムをあてがうことにした。そしてその結果、子ども期は、いくつかの段階を抱え持ちつつ、次第に大人になってゆく、「過程的な」存在とみなされるに至ったのだ。私は、社会の一員として役割を果たし、自分の軸を持てるような人間になりたい。

 そのためには第一に、現実社会を直接経験することだ。私は、今年の8月頃から一年間、AFSという、世界平和のためのボランティアからなる団体で交換留学をする。この団体では、中高生であっても1人の社会の一員として扱われ、異文化の中で生活する責任を任される。先日開催された2泊3日でのオリエンテーションでも、このことを強く感じる出来事が沢山存在した。まず、このオリエンでは毎日10回以上のディスカッションが存在し、その中で何回も何回も意見を求められた。たとえ自分がすらすらと語れないようなテーマであっても、自分から挙手をして発言しなかったとしても、一つの議題の中で最低2回は意見を求められた。初めは、普段の学校生活とあまりに違いすぎる環境に困惑してしまったが、何回も意見を求められているうちに徐々に自分の意見が固まり、自分の話したいことがすらすらと出てくるようになった。初めは他の人が発言している中で、自身の頭の中で何回も内容を練習しないと話すのが難しかった。しかし、最終日には、頭の中で準備をしなくても自然に言葉が出てきて、自分の考えを自分の言葉で伝えられたことがとても嬉しかった。この経験から、自分の意見を持ち、それを社会の中で表明する力は、教えられるだけでなく、責任ある場に置かれることでこそ育つのだと実感した。

 また、第二に、社会は、若者に重要な役割を積極的に託していくべきだ。私は現在、学校で「ソーシャルチェンジ」という探求学習プログラムに取り組んでいる。これは、私たち自身が身近な社会課題を見つけ、その解決策をグループで考え、発表するもので、各校の代表が全国大会で競う「クエストカップ」へとつながっている。私たちは、「トー横キッズ救出プロジェクト」という題で、ニュースの中だけの存在になってしまっている、私たちと同世代の子どもたちをどのように支援できるのかをテーマに選んだ。正直に言えば、初めは皆、めんどくさくない、やりたくない、学校の課題だから仕方なくやるという雰囲気だった。テーマも他の班より難しく、私たちとは全く異なる生活をしているトー横キッズに対して、何が問題で、何ができるのかすら分からず、意見はほとんど出なかった。しかし、付箋に一つずつ考えを書き出し、話し合いを重ねるうちに、分からないからこそ考える必要があるという意識が芽生え、少しずつ議論が深まっていった。その結果、当初は最も進みが遅く、先生に心配されていた私たちの班がクラス代表に選ばれ、全国大会へ進出することになった。このように話を進めていくうちに、社会について考えることが大人の一員になるということなのかと気付かされた。しかし、この気づきに至るまでには、個人の意識だけでなく、若者が社会的な課題と向き合える環境の存在が大きいと感じる。学校という、誰もが通る身近な場所でこのような経験ができるからこそ、若者は社会と自分との関わりを実感し、自らの役割を考えるようになるのではないだろうか。

 確かに、世の中が複雑になると、子どもという期間が長くなる傾向はある。しかし、『鉄は熱いうちに打て』という言葉があるように、人は柔軟で吸収力の高い時期にこそ、大きく成長する可能性を秘めている。だからこそ、若者を「まだ子ども」として社会の外に置くのではなく、責任ある役割と実社会を経験できる環境を与えることが重要なのだ。現実社会と関わりながら考え、発言し、行動する経験の積み重ねこそが、アイデンティティ不定の時代を生き抜くための確かな軸を育てる。社会が若者を信じ、託すことによってこそ、若者は自らの役割を自覚し、真の社会の一員へと成長していくのではないだろうか。