ランニングをしたこと
小4 あさゆみ(asayumi)
2026年2月2日
「もう走れない。つかれた」今はわたしの家ではジョギングをしているところだ。いつもは、父と母と私の三人で走っているが、たまに、父とわたしの二人で走っていジョギングすることもある。そしてわたしは、持久走や、シャトルランが苦手だ。だから走り始めて五分後くらいにはもう歩いている。でも父はずっと走っている。どうしてそんなに走れるかのコツを聞いてみた。父は「体を少し斜めにして走れば、勝手に前に足が出るから走りやすいよ」と言われさっそくやってみると足が勝手に前に前に出るからとても走りやすく、さっきまで五分しか走れなかったのが、二十分、二十五分走れたということがあった。ところで、なぜわたしの家がジョギングをするようになったかというと、父の健康しんだんで、脂質代謝という項目にEという判定が書かれていた。わたしはびっくりして、父に「死なないよね」と聞いてみた。すると、「死なないけど、再検査までには、やせていないといけない。だから、家ぞくみんなでジョギング行こう。」この文章で、わたしの家はジョギング生活が始まった。
ジョギングは父は毎日だが、母と私は休日の日にやる、というルールだ。だが、はじめのころは、ジョギングをやろうと思わなく、めんどくさくって嫌だった。でも父に勉強の時間がなくなるからと言ってテレビがきんしにされたりお出かけもきんしになってしまったからどこにもいけないよりジョギングをしていろんなところに言ったほうがましだからだ。そして、今と昔でくらべると、ジョギングに行く回数がふえていると思ったし、ジョギングをすると、まるで全身がかにさされたようになる回数がふえた。そして、わたしはいつもどんな気持ちでジョギングしているかというと、毎日同じコースを走るわけではないからしらないところを走ると、ドキドキした気持ちになる。
わたしは父にマラソン大会に出たことがあるかを聞いてみると、父が小学三年生のころに、街のマラソン大会に参加して五キロメートルくらい走ったらしく、参加者は三百人いてその中の二十八位だったらしい。でもハプニングがあったらしく、最初の方でとても飛ばしてあとの方がきつくなったらしい。わたしはこれを聞いて、学校のシャトルランは最初絶対に飛ばさないようにしようと思った。次はこのジョギングをした成果や、失敗は成こうのもとのことわざのように失敗をいかして、シャトルランと持久走に取り組んでいきたいと思った。
そして父と母とジョギングに行った後の私の体はまだ足のかゆみがヒリヒリと残っていた。