多数決
中2 あえさみ(aesami)
2026年2月1日
イスラエルでは全員一数の裁決は採用しないと言われている。裁決を必要とする案件で全員が一致するというような事態は不自然だ。イエスとノーの差ははっきり分かれているものではなく、それぞれいくらかの割合で分かれている。そう考えると、全員一致の裁決を採用しないという考えには意味がある。
確かに、多数決で物事を決めることは大切だ。社会では、多くの人の意見が集まる場面が多く、全員の意見が完全に一致することはほとんどない。そのため、話し合いを重ねた上で多数決を行うことは、現実的で公平な方法だといえる。例えば、国会で法律を決める際には、最終的に採決が行われ、多数決によって可決か否決かが決まる。もし全員一致を求め続ければ、意見の違いから話が進まず、必要な法律がいつまでも決まらないだろう。多数決は、社会を前に進めるための重要な仕組みなのである。また、学校でも生徒会やクラスでの決定に多数決が使われている。全員が納得する案が出なくても、多くの人が賛成した意見を採用することで、行事や活動を円滑に進めることができる。もちろん、少数意見を軽視してよいわけではないが、最終的な決断が必要な場面では、多数決は社会を動かすために欠かせない方法だと考える。
しかし、全員一致になるまで話し合うことも大切だと思う。なぜなら、時間はかかっても、全員が納得した上で決めたことは、協力して最後までやり抜く力につながるからだ。昔話の「桃太郎」では、桃太郎が鬼ヶ島へ行く途中で、犬・猿・きじと出会い、仲間に加えるかどうかを決めている。もし桃太郎が自分の考えだけで行動していたら、仲間は生まれなかったかもしれない。しかし、きびだんごを分け与え、目的を伝え、力を合わせることに全員が納得したからこそ、鬼退治を成功させることができた。この話から、意見がそろうまで話し合うことで、一人ひとりが役割を理解し、同じ目標に向かって進めることが分かる。多数決は便利な方法だが、全員一致を目指す話し合いは、人と人との信頼を深める大切な時間である。社会でも、時間をかけて合意を得る姿勢は必要だと考える。
多数決で決める場合でも、全員一致になるまで話し合う場合でも、最も大切なのは、決まったことに責任をもって行動することだと思う。話し合いの場では、自分の意見が通らないこともある。しかし、その結果を受け入れ、協力する姿勢がなければ、どんな決め方も意味を持たない。「言うは易く行うは難し」という言葉があるように、意見を言うことは簡単だが、実際に行動し続けることは難しい。例えば学校行事では、準備や役割分担を話し合って決めても、責任を果たさない人がいれば、全体に迷惑がかかってしまう。一方で、自分の考えと違う結果でも、決定を尊重し行動する人がいれば、集団はまとまり、目標に近づくことができる。だからこそ、決め方以上に重要なのは、決定後の行動である。責任をもって動くことが、信頼を生み、次の話し合いをよりよいものにすると考える。