自然と人間の間で
小6 あえさた(aesata)
2026年2月2日
筆者の家の前には、かつて草の生える舗装されていない路地があり、人や動物、子どもたちが集まる自然豊かな場所だった。筆者はその風景を気に入っていたが、近所の人の草むしりによってスミレが抜かれ、さらに下水道工事で道が舗装されると草花は姿を消してしまった。人は自然の多い場所を喜ぶ一方、自分の身近な雑草は取り除くなど、自然に対して矛盾した態度をとることがある。また、「雑草のようにたくましい」とは言うが、美しさの対象にはしない。筆者はこうした姿から、人間の自然との関わり方を見つめ直す必要があることを示している。
この文章を読んで一番印象に残ったのは、人間が自然を大切にしているようで、実際には自分たちの都合を優先してしまう存在だと述べられている点である。僕はこれまで、自然を守ることは良いことであり、多くの人がそれを意識して生活しているのだと思っていた。しかしこの文章から、場所や状況によって自然への向き合い方を変えてしまう人間の姿に気づかされた。自然の中では美しいと感じる草花でも、自分の生活の場では邪魔なものとして扱ってしまう。このような矛盾は、誰の中にもあるのではないかと感じた。
例えば、以前学校の清掃活動で花壇の草むしりをしたときのことである。先生からは「花だけを残し、それ以外の草は抜きましょう」と指示された。僕は言われた通りに作業をしていたが、よく見ると雑草にも小さな花が咲いており、それぞれが懸命に生きているように見えた。人間にとって都合のよいものだけを残し、そうでないものを取り除くことに少し疑問を覚えた。しかし一方で、雑草を放置すれば花に栄養が行き渡らず、花壇が荒れてしまう可能性もある。この経験から、人間は自然を守っているつもりでも、実際には自分たちの生活しやすさを優先して環境を整えているのだと気づいた。
一般的に、人間の活動は自然に大きな影響を与えていると言われている。代表的な例が森林伐採である。住宅の建設や農地の拡大、紙の生産などのために多くの木が切られ、その結果、動物たちは住む場所を失っている。また、森林には二酸化炭素を吸収する働きがあるため、木が減ることは地球温暖化の進行にもつながるとされている。便利な生活は僕たちに多くの恩恵をもたらしているが、その裏側で自然環境に負担をかけていることも事実である。だからこそ、開発と自然保護のバランスを考えることがこれからますます重要になるだろう。
人間にとって自然とは、ただ守るべき対象ではなく、共に生きていく存在なのではないだろうか。人間も自然の一部である以上、自分たちの都合だけで環境を変え続ければ、その影響はいずれ自分たちに返ってくるはずである。すべてをありのままに保つことは難しくても、身近な草花や小さな生き物に目を向けることは誰にでもできる。自然と調和しながら生活していくことこそが、本当の意味での自然保護につながるのだと思う。僕もこれからは便利さだけを求めるのではなく、自然との関わり方を意識しながら行動していきたい。