身近な体験から社会全体の問題へと広げた深く考えられた感想文です。
<<え2020/168jみ>>
【総評】
一段落目で雑草への人間の矛盾した態度を提示し、身近な高尾山と裏山の比較、自分の気づき、さらにSDGsや奄美大島の事例へと話題を広げています。体験実例を軸にしながら、社会問題へと視野を広げている点がとても優れています。最後は「守ろうとするのではなく破壊をやめるべきだ」という力強い主張で結び、主題を一般化できています。
【段落ごとの講評】
第1段落:
路地の工事と雑草の例から書き始め、テーマを提示している構成がよいです。身近な具体例を使いながら「雑草も立派な自然」という考えを示しており、読み手に問いを投げかける導入になっています。
第2段落:
高尾山と裏山を対比させた体験実例が非常に具体的です。「まるで家の庭のような存在だ」というたとえも効果的です。昔の自分と今の自分の考えの変化を書いている点も成長が感じられます。「自然本来の輝き」という表現も印象的です。
第3段落:
SDGsやレジ袋の例を挙げ、社会全体の問題へと広げています。さらに、近所のおじいさんの具体的な行動を紹介することで、抽象論に終わらず現実味のある内容になっています。身近な人物を通してテーマを深めている点が優れています。
第4段落:
奄美大島のマングースの例を用い、自然に人間が介入することの危険性を説明できています。最後に「守ろうとするのではなく破壊をやめるべきではないか」と問いかけで結び、主題を大きくまとめられています。六年生として非常に高いまとめ方です。
【特に優れていた点】
・自分だけの体験実例(高尾山・裏山)を書けていること
・たとえ表現を効果的に使っていること
・社会問題へと話題を広げていること
・結びで主題を一般化し、問いかけでまとめていること
【考えを深めるための質問】
あなたがこれから自然のために続けていきたい具体的な行動は、どのようなものですか。
字数/基準字数:1267字/1200字
思考点:74点
知識点:78点
表現点:81点
経験点:79点
総合点:85点
均衡点:7点
■思考語彙 19種 22個 (種類率86%) 74点
。だから,。例えば,いるため,おらざる,ことによって,しまうと,しよう,するため,するべき,そのため,それに対して,た場合,だから,だろう,やめるべき,場所によって,多いため,守ろう,行けば,
■知識語彙 59種 100個 (種類率59%) 78点
一番,世界一,人間,以上,保全,保護,全力,動植物,商品,問題,地域,場所,大丈夫,大切,大島,大量,失敗,奄美,存在,安全,小学生,山道,幼稚園,必要,支援,整備,本来,根絶,植林,様子,毎日,活動,消費,理由,理解,環境,登山,破壊,立派,管理,節約,経験,維持,自分,自然,草花,血眼,裏山,要因,調査,負担,資源,輸入,近所,遠足,都合,関与,雑草,高尾山,
■表現語彙 118種 198個 (種類率60%) 81点
いるため,おじいさん,おばあさん,かしこ,こと,さ,さまざま,するため,せい,そのため,それ,たくさん,たち,た場合,とき,ところ,どこ,なか,ぶん,ほう,もの,よう,エコ,クマ,コンクリート,ハイキング,ハブ,ヒト,マーク,レジ,一番,世界一,人,人間,今,以上,保全,保護,僕,全力,前,動き,動植物,商品,問題,地域,場所,多いため,大丈夫,大切,大島,大量,失敗,奄美,姿,存在,守り,安全,家,小学生,山,山道,幼稚園,庭,必要,手,手提げ,支援,整備,昔,時,本来,根絶,植林,様子,毎日,気,気持ち,活動,消費,理由,理解,環境,生き物,登山,破壊,私,立派,管理,節約,経験,維持,緑,緩み,者,自分,自然,草,草花,血眼,街,袋,裏,裏山,要因,調査,負担,買い物,資源,輝き,輸入,近所,道,遠足,都合,関与,雑草,高尾山,
■経験語彙 40種 72個 (種類率56%) 79点
うかがえる,おる,かける,く,させる,しまう,つく,できる,なれる,ふまえる,やめる,られる,れる,伝える,住む,出る,分かる,切る,加える,叫ぶ,喜ぶ,変わる,失う,守る,尽くす,引き抜く,強まる,忘れる,怠る,慣れる,挙げる,損なう,整える,生える,疲れる,登る,買う,起きる,踏む,重なる,
■総合点 85点
■均衡点 7点
自然を「守る」ためには、「守らない」
小6 とやちな(toyatina)
2026年2月2日
家に面している路地で下水道工事が始まり、地面が掘り返されてしまい植物は姿を消してしまった。というように、雑草に対する態度は時と場所によってさまざまである。例えば、ハイキングに行けば「緑がいっぱいで気持ちが良い」言い、喜ぶ。それに対して、自分の庭に出てきた雑草は血眼で引き抜いてしまう。っ雑草も立派な自然であり、大切にするべきである。
僕が住む街には高尾山がある。幼稚園や小学生の遠足では高尾山に登るほど登り慣れていて、まるで家の庭のような存在だ。高尾山は世界一登山者が多く、その要因としては山道がコンクリートの道もあることが挙げられる。それに対して、家の裏にある山は道が整えられておらず、いつクマが出てきてもおかしくない。けれど、たくさんの草花が生えているため地域のおじいさんやおばあさんが登る姿がよくみられる。昔の私にはその山を登る理由が分からなかった。なぜなら、その山を登るくらいなら高尾山を登ったほうが安全だからだ。今は理解することができた。高尾山は整備され人が多いため道にある草が踏まれてしまっていたり、生き物がヒトになれてしまっていたりする。裏山は、整備がされていないぶん、自然本来の輝きが見ることができる。だから、地域の人がよく登る。この経験から、自然と言うのは人間が関与してしまうと美しさを損なってしまうということが分かった。
今はどこもかしこもSDGsや環境保全などと叫び自然を大切にする活動を支援しているところが多くなってきている。それは、良いことであるが、資源を大量に消費していることはあまり変わっていない。例えば、買い物をしたとき手提げを忘れてしまった場合、少しぐらいなら大丈夫だと言いレジ袋を買ってしまうことが多いだろう。ただ、そのような気の緩みが重なることによって、今問題が起きてしまっている。ところで、近所のおじいさんは毎日のように山の整備や動植物の調査、自然保護の大切さを伝える活動など、自然保護に全力を尽くしている。そのため、忙しく疲れている様子がうかがえる。以上をふまえて、自然を大切にする動きが強まるなかで、どんどんと保護活動をしている人に負担をかけさせていることが分かる。それは、自然が守り切られる前に保護活動をしている人が破壊されてしまう。よって、エコマークがついている商品を買うことも大切であるが、植林活動をするなど自分がすることが一番大切である。
自然とは、もともと維持していくことができるものであり、人間が手を加える必要はない。もし、手を加えてしまったら、本来の美しさを失ってしまう。また、奄美大島でハブを根絶するためにマングースを輸入して失敗しているように維持できていたものができなくなってしまうことがある。私の近所のおじいさんのように自然保護活動をしている人がいるのは、資源の節約を怠り自分たちの都合で管理しようとしたせいである。本当に、自然を大切したいなら、守ろうとするのではなく破壊することをやめるべきではないだろうか。