自分と時代の価値観

   中2 あけみお(akemio)  2026年2月2日

 文化もパーソナリティも、多くの場合少しずつ変化している。文化のコードは暗黙の合意のうちにつくりあげられてきたと考えられがちである。欲望を満たそうとすることは、私たちを日々仕事に学習にその他さまざまな活動にかり立てる原動力となっているが、他方その欲望を満足させることがあまりにも難しく思えるとき、私の存在の核心にしのびこんだこれらの欲望のいっさいから解放されればどんなに心が休まるだろうか、と思うことにもなる。

 確かに自分自身の価値観に従って生きることは大切だ。私は、ピアノの発表会で弾く曲を選曲していた。ピアノの先生に相談すると、

「今、流行っている曲はアニメのテーマソングだよ。」

と教えてくれた。しかし、私はずっと弾いてみたいクラシックの曲があったので、その曲を弾くことにした。発表会の本番当日、ほかのみんなが弾く曲をプログラムで見てみると、やはり大体の人がアニメのテーマソングを選んでいた。私はひとりだけクラシックの曲を二曲選んでいたので、「皆と違う、どうしよう」という気持ちもあったが、発表会が終わると、家族や友達から「感動したよ。」「良かったね。」と言ってもらえた。周りと違うものを選ぶことには不安もあったが、自分が弾きたいと思った曲を選んだから練習も前向きに取り組めたのだと思った。流行に流されず自分で決めることには大きな意味があるのだ。このように、自身の価値観に従って生きることは大事だと思った。

 しかし、その時代の価値観に合わせて行動することも大切だ。なぜならそれは多くの人に支持されているからだ。昔話の桃太郎でも、桃太郎が持っていたのがきび団子ではなく高級シュークリームだったら、犬や猿やキジは桃太郎を敬遠し、家来にはなっていなかっただろう。日本に古くからある年賀状は、日ごろお世話になっている方々へ感謝の気持ちや新年のあいさつを伝える日本の伝統的な風習で、とても素晴らしいものだ。しかし、今ではLINEやメールなどで済ませる人たちが増えてきた。その理由は、すぐに送れる手軽さや、郵便代の値上がりや、送り相手が毎年同じになってしまい意味はあるのかという考えの人も増えてきたからだと思う。私も小さい頃は一人一人にメッセージを考えてしっかり年賀状を送っていた。しかし、周りの人たちがLINEやメールで送っているのを見て、私も時代に合わせていくようになっていった。このまま年賀状という風習がなくなってしまっていいのか、少し寂しい気もするが、このように、その時代の考えに合わせていくことも大事だと思う。

 確かに、自分自身の価値観に従っていくことも、周囲の価値観に合わせていくことも大切だ。しかし一番大切なのは、「未来には、ひとりでにできる未来と、自分でつくる未来との二つがある。」という名言があるように、価値観は変わっていくことを理解することだ。私はこれから、時に自分で考え行動し、時にその時代の考えに乗って行動するようにしていきたい。