温故知新の節分

   小5 あかね(akaneya)  2026年2月1日

「今から食べるから話しかけないでね。」

 節分の日、家族で恵方巻を食べた。節分の日に恵方巻を食べるのは、もう家族のルーティーンになっているように感じる。私が好きなのは、なんといっても、恵方巻を自分で巻いて食べることだ。巻きすでサーモンやマグロ、卵等を包んでからギュッと整えることが、職人感があり、カッコイイからだ。特に、サーモンは妹が好きで、すぐに無くなってしまうため、一番優先して食べている。私は、恵方巻を食べるのは、その年の福を司る神様がいる方向を向いて商売繁盛や無病息災を願うためだと、つい最近知った。月曜日、学校で給食の時間、恵方巻の話になり、友達に、

「恵方巻ってお願い事をしながら食べるじゃん?今年は何を願ったの?」

と聞かれた。もちろんそんなこと知らない私は、

「あ、私金曜日に初めて知ったから、願い事しながら食べたの人生で一回もないよ」

と言い、友達を見てみると、目がまるでビー玉みたいになっていた。

 私は五歳の頃、節分の日に頼れるお父さんが仕事で家にいなく、怯えながら妹と生活していた。お母さんに、

「お母さんがいるから大丈夫だよ~」

と言われたが、心の中では本当にお母さんが頼れるのかが心配だった。そのときの私は、外の木が揺れて少し音がしたり、洗濯機が揺れて家の障子が少し揺れるだけでも妹に抱き着いていたくらいだ。お母さんに速めのお雛様とお内裏様を出してもらい、「鬼が来たらお内裏様が持っている刀で鬼さんを刺せば勝てるかもしれない」と思っていたのを覚えている。その夜、私たちに悲劇が起こった。お風呂上りに洗面所でいい湯だったなあとホッとしていると、隣の寝室から、ミシッと音がしたのだ。多分外に生えている木が風で重なり合い、音が出たのだろう。私は

「イヤーーーーーーーーーーーー!!」

と叫び、妹に抱き着いた。妹も怖がっていた。お母さんが寝室をのぞいて、何もいなかったよと微笑んだが、本当は少し怖かったでしょと思っていた。現在は、節分の日にすこし音がしたって、みんな何事もなかったように生活している。そのため、あのドキドキ感は今は感じないから、意外と貴重だったのかもしれない。

 お母さんに節分エピソードを聞くと、お母さんが大人になって、私を幼稚園に通わせるようになって一回目の節分のときに、幼稚園の前に飾ってあったイワシの頭をヒイラギに刺しているのを見て、とてもびっくりしていたそうだ。私は自然に分かっていたが、私ももしかしたら幼稚園の先生に「ヒイラギはトゲトゲしていて鬼が来なくて、イワシの頭は匂いが臭くて鬼さんが来ないんだよ」と教えられていたのかもしれない。私は、地域によっては、やらないところもあるのかなと思い、調べてみると、イワシの頭をヒイラギに刺す習慣は高知県から始まったため、今も奈良や関西はやっているが、東北や北海道等はやっていない地域もあると出てきた。しかし、お母さんの実家は愛知県のため、生活しているなかで一度は見たことがあるはずだ。お母さんはたまたま少し運が悪かっただけだったんだなと感じた。

 節分は、旧暦で新年の始まりである立春の前日に、邪鬼を追い払うため豆をまいたのが始まりなんだそうだ。温故知新ということわざがあるように、私にとって節分とは、変な音を気にするよりも、ただ恵方巻を食べて豆を巻くだけの、「半分は特別で、半分は日常的な状態」が一番望ましいことが分かった。しかし、世界にとって節分は、

「見てみて、赤ちゃんが鬼を見て泣いちゃってる。可愛いね。」

という感じで、伝統的な行事として執着しているため、残していくことが大切だなと思った。