内面と時代から作られる価値観

   中2 あかるら(akarura)  2026年2月2日

 以前までは、文化のコードには名のある権力者の欲望が含まれていた。しかし今日、 あらゆる点において高度に統合的な組織性を強めた社会では、その構造的力動によって自律的に作り出される社会的な交換価値という千変万化する記号の形が支配者の地位につくことになっている。ただし人間は交換価値を変革することで自ら常識を変え、そして個人の欲望の内容も変えることができる。だが、どこへ行き、何を体験したとしても文化的なものを完全に拒んでしまうことは、とうてい不可能である。

 確かに自分自身の価値観に従って生きることは大切だ。なぜならそれは自分の内面の発見と自分の客観視に繋がるからだ。毎週書いているこの作文も同じである。作文とは自分の考えや価値観を形にする行為であると考える。そしてその効果は絶大だ。第一に、書いている中で考えをまとめる作業が自分の内面を見つめることに繋がる。作文を書く際、自分の中から自然と出た意見や表現に驚かされることは多い。「自分のことこそ自分が一番分からない」というような言葉からも読み取れるように、分からなかった箇所を目に見える形で視角的に綴っていくことで初めて自分の明確な考えや心の動きに触れることができるのだろう。第二に、心の思いを形にすることによって自分を外から見つめる、つまり自分を客観視することができる。構成を書いたり、考えを発表したりする途中で気づきがあることが多々ある。これは心の対話の中で自分の中に留めていたものを整理し、それを表に出すことによって自分を俯瞰できるからだろう。このように自身の価値観に従って行動することは自分を様々な箇所から光を当て、等身大の自分を知ることだ。自分自身の価値観に従った行動は今後様々な挑戦に対して、冷静に判断するための大切な指針になるのだ。

 一方、その時代の価値観に合わせて行動することも大切だ。なぜなら相手とより円滑な関係を築くことができるからだ。昔話「桃太郎」でも同じである。もしも桃太郎が動物達を自分の家来につけようと、きび団子ではなく高級シュークリームを手渡していたらどうなるだろうか。確かに見たことのない食べ物に対して興味を持ちやすいという良さもあるが、説得と皆の共感、納得にはとても時間がかかってしまうだろう。一方、きび団子は桃太郎達の時代では広く知られ、例えば「きび団子は力の源になり、食べると元気が出る」といった共通の認識が動物達の間で共有されていた可能性もある。これは理解や認識の加速に繋がり、家来になることで桃太郎と力を合わせて鬼と戦っていく原動力となったのではないか。このようにその時代の価値観に合わせることは円滑に物事を進める一つのツールであると言える。

 確かに自分自身の価値観に従って生きることも、時代の価値観に合わせることもどちらも大切だ。しかし最も大切なことは様々な物事に偏りなく触れていくことである。「一 つのものしか知らない者は、実はそれすらも知っていない。」という言葉がある。現代ではSNSなどの身近なものが広範な知識を獲得する弊害となっていることが問題視されている。「狭く深く」も時には良いが、自分の興味関心の外にある事柄も積極的に吸収していくことで豊かな価値観を持って生きていきたい。