まだ見ぬ世界

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 島では大きいものは小さくなり、小さいものは大きくなる。島に隔離された動物にみられるこのような体のサイスの変化の方向性が『島の法則』と呼ばれるものだ。この法則の一つの要因は捕食者であろう。島という環境は、捕食者の少ない環境である。象や鼠はだてに大きかったり小さかったりしているわけではない。しかし、巨大であることや矮小であることは、それなりの代価を支払わねばならぬことである。だからこそ、捕食者のいない環境に置かれると、大きいものは小さく、小さいものは大きくなって、哺乳類として無理のないサイズに戻っていく。この島の法則は、人間にも当てはまりそうだ。

 「島の法則」を私たちの日常生活に置き換えてみると、昔大陸から日本へ渡ってきた象たちのように、進化の過程で生きやすいように性格、体格などを調節しているように感じた。私が保育園から小学校に進級したときのことである。私は1学年10人ほどしかいない、小規模保育園に通学していた。しかし、小学校には105人もの人がいて、いきなりのことに私はとても動揺してしまった。その時が、私が小さな島からその何倍もある大陸へ移り変わった時期だったように思う。今まで、10人しかいなかったため、やりたい役目は大体みんなできていた。しかし、これだけの人数に増えたため、やりたい役割が同じになったりすることが多くなる。私の学校は積極的に行動したり、発言したりする人が多い。そのためか、やりたい人が多くても、引き下がる人はほとんどいない。そのため、入学当初、私はほかの子供たちのことを、「友達」ではなく、「ライバル」だと意識してしまっていた。また、少したって学校に慣れたころも、中休みに友達と遊べなくて困っていたと母に聞いた。友達はいたのだが、小規模保育園で、みんなが固まっていて、遊ぶ人を選ぶ必要なかった。しかし、学校では大勢の人がいるため、他の人と遊んでしまう場合があるから、予約が必要になってくる。しかし、当時の私は友達を遊びに誘うということさえも知らなかったらしい。でも、担任の先生から、『先に誘えば良いと思うよ』と言われてからは、中休みに遊ぶことができていたらしい。今思い返してみると、保育園のころは太った鼠みたいだったと思う。何もしなくても、友達(餌)がそこにいて、楽しくいた(生きていけていた)からだ。でも、きっともう痩せた、良く動く回る鼠になったと思う。きっと、慣れていない大陸の色に染まれたのだ。

 母に聞いたことだが、昔の私は、何かやりたいことに立候補しても、多数決で大体負けてしまっていたらしい。しかし、今はみんながやりたがる山荘プロジェクトという、役割も経験することができ、運営委員会にも所属している。また、六年と五年の合計200人ほどの前で話す体験もあった。でも、200人も日本の住む人、これから出会う人と比べたら、象とあり同然の差がある。私は幼稚園時代と比べるとたくさんのことを学習してきたが、まだまだである。これから出会い、学ぶことと比較すると、何も知らないといえてしまうだろう。世界の人口は、約80億人にものぼるらしい。それと200人を比較すると本当に少ないと感じる。

井の中の蛙大海を知らずということわざがあるが、私は買わずのようにちっぽけなことしか知らないということが分かった。でも、私はそのちっぽけで満足せずに、たくさんの人と関り世界を広げて、大海を知った蛙になりたいと思った。