大どんでん返し
小3 いのはる(inoharu)
2026年2月3日
ぼくがこの話を読んで一番いがいだと思ったのは、パストゥールのし失ぱいがべつの成こうにつながったことだ。なぜなら、夏の休か中放っておいたコレラきんをもったいないから鳥にうった。すると、注しゃをした鳥だけがコレラきんにかんせんせず、こうしてパストゥールは新しいよぼうせっしゅの方法をみつけたのだ。
ぼくは五か月くらい前、パンケーキを作った時、ぜったいにまだ早いのにどうしてもうらがわがきになってがまんしきれず、フライ返しをいれてしまった。入れた時、「やっちゃった」とぼくは思った。しかし、そのパンケーキは思った以上にうまくでき、お店で食べるパンケーキみたいだった。そのパンケーキはおふとんのようにふわふわで、ほっぺたがおちるくらいおいしくて、これほどおいしいパンケーキは食べたことがなかった。そのパンケーキは少し強い火で二分くらいやくとできる。ぼくはこれに対して、何事もやって確かめて見ないといけないと思った。ぼくはこんどからそうしたい。
同じような話をおじいちゃんからもきいた。まさにきのうのことだ。おじいちゃんが入っているあざみ野でやっている音楽のクラブで、おじいちゃんはエアロフォンという楽器をひいている。しかし、音楽会の直前、メンバーの一人が音楽会のために用意しいてた音源の入ったたんまつをふめんだいの上からおとしてしまったのだ。それで、おじいちゃんはいったん家に帰ってきて、たんまつが直らないかいろいろとためしてみた。それでもそのたんまつは直らなかったらしい。しかたがなく、音源なしでえんそうすることにしたらしい。そうしたら、いつも以上にうまくいったそうだ。でもぼくはやっぱり用意した音源がないとできないと思う。それをやったおじいちゃんたちはすごいと思った。ぼくはすぐにはんだんする力がないので、今のうちに身につけておきたい。ぼくは、りんきおうえんという言葉があるように、予定していなかったことがおきても、ものごとをすばやくはんだんすることを今のうちに身につけてけば生きていく上でたいへん役に立つと思った。
こんな話も聞いた。おじいちゃんとお母さんは、「さいおうが馬」ということばを大切にしているそうだ。「さいおうが馬」とは、中国の故事だ。昔、中国に住むあるろう人の馬がにげてしまったが、その馬はもっといい馬をつれて帰ってきた。しばらくすると、ろう人のむすこはその馬にのって落馬して足を折ってしまうが、そのおかげで戦争に行かずにすんだという話からできた言葉で人間の幸せやは不幸せは予想できないということのたとえだ。お母さんは、目の前のことで一き一ゆうしてしまうと、心が安定せず、次の行動にうつれなくなってしまう。また、しっぱいしてもピンチはチャンスとして、次のきかいにつなげられると考えると、次の行動にうつせるとお母さんはかんがえている。だからこの言葉をざ右のめいにしているといっていた。ぼくもこの言葉を大切にしたいと思った。。