自然との付き合い方
小6 あおやゆ(aoyayu)
2026年2月2日
自動車がやっと通れるくらいの路地。アスファルトで舗装されていず、敷地からはみ出した樹木の茂みが路上に日陰を造った。ただそれだけの道であったがさまざまな人、動物がその路地に惹きつけられた。しかし、数年経って下水道工事が始まり地面が掘り返され、車の振動で下水管が壊れぬようにしっかりと舗装されてしまった。町中の雑草に対する人間の態度は様々である。ハイキングに行けば「緑がいっぱいで気持ちいいわねえ」と喜ぶ人も、自分の庭に出てきた雑草は血眼で引き抜いてしまう。「雑草のように逞しい」、「雑草のように生命力が強い」という表現が褒め言葉に良く使われる。でも、「雑草のように可愛い」は絶対に使われない。人間は実に身勝手な生き物である。
私も同じように自分以外のものにはその場の都合やその場の雰囲気で身勝手な言動や行動をしてしまうことが多々ある。その一例が虫だ。家の中にコオロギや蜘蛛、ムカデが入ろうものならすぐにティッシュで潰してしまう。かと思えばハイキングやお花見、公園で見たモンシロチョウやアゲハ蝶には綺麗だねと喜ぶ。綺麗なものや好きなものだけ愛でて、嫌いなものは容赦なく潰す。自分勝手にも程がある。でもやっぱり今私の目の前に虫が現れたとしたらとてもではないがニコニコしながら綺麗だと言っていられる余裕はないのだ。
私はニュースで森林伐採について見たことがある。世界では今どんどん森林がなくなっているそうだ。材木から燃料まで用途が多岐に渡る木は、二酸化炭素を取り入れて酸素に変える力を持つ。ただでさえ地球温暖化が進んでいるのに、酸素を少しでも増やしてくれる樹木を伐採することはどういうことだろう。しかし、たった今から樹木の供給がゼロになると、燃料も建築もできず、家具が大幅に値上がりする。じゃあ全てプラスチックで代用するとなるとますます環境問題が悪化する。どちらを取ってもあまり良い結果にはならない。これには人間だけが悪いとは言えなさそうだと思ったが結局最初に自分都合に自然を変え出したのは人間だ。プラスチックという便利なものを目先の利益だけ考え、後の時代を考えずに使い出したのが1番の原因である。自然保護第一と言いつつも、人間の都合のほうが第一とされている。
人間にとって自然とはまず第一に保護すべきものである。人間も自然の一部なのに他の動物植物を支配しているのはおかしい。ありのままの自然を受け入れるのも大切である。
私も自分の存在は一番上じゃないということを心に留めて行動したい。