私の家は路地に面していて
小6 あかささ(akasasa)
2026年2月2日
私の家は路地に面していて、都内では珍しい舗装されていない路地で、道端には草が生えていた。様々な人がちょっと回り道してこの道を通ったり、女の子や小さな男の子が草の葉を引っ張ったりしているのをよく見かけた。彼らは犬たちがその存在を確かめたように地球のかけらを発見していたのではなかったろうか。春、家の前にスミレがさいた。日を浴びるととりわけ鮮やかで来年はもっと増えるだろうと楽しみにしていた。しかし、密かに仲間意識を抱いていたおばあちゃんが丁寧に草むしりをしてくださったのである。数年後、下水道工事が始まり、地面が掘り返され、車の震動で下水道が壊れぬようにしっかりと舗装されてしまった。道は車向きの道路になり、地球のかけらではなくなってしまった。
僕は、4年生のころに学校で理科の先生と草むしりをしたことがある。その時に草の根にもやしのようなものができていたので理科の先生に聞いてみると「食べても大丈夫だよ(危なかったら大変なので食べたら出してね)」と言ってもらったので食べてみた。すると、意外に美味しく、まるで天然のもやしのようだった。さすがに意図して栽培したものではないので小さかったが、味と色は市販の物と遜色ないものだった。ぼくは、もやしの自給自足も夢じゃないことが分かった。また、僕は、もやしのナムルが大好きなのでキノコ栽培キットのようにもやし栽培キットがあればいいなと思った。そういえば最近、僕は祖父の田んぼで農作業を手伝ったときに(一応書いておくと祖父は、田んぼで稲を育てたり、畑で野菜を育てたりしている)土のう袋を運んだのだが、もやしのようなものがあったので、「前はおいしかったので今回もおいしいのではないか」と食べてみた。味は、very bitterで、カエルの歌が聞こえてきそうになった。この経験から美味しいもやしとvery bitterのもやしがあることが分かった。また、今回のもやしは硬かったので硬さで美味しさを見極めようと思った。
僕は、アートと落書きの違いについて考え、調べてみた。はじめにアートについてCHAGPTに聞いてみると「人が感じたこと・考えたこと・世界の見え方を絵・音楽・言葉・身体・映像など、さまざまな形で表現する行為や作品のこと」ということだそうだ。また、落書きについて聞いてみると「本来そうする予定のない場所や、正式な作品として意図していないところに、気軽に・無計画に・遊び半分で描かれた絵や文字のこと」らしい。つまり、落書きもアートだということだそうだ。しかし、落書きは書いてはいけないところなどに書いてあるので本来怒られるものだが、バンクシーがかいたものは同じ落書きなのになぜ価値のあるものなのか気になった。(すごいなとも思った。)そもそもバンクシーはいつから売れ出したのかも気になった。
人間にとって自然とはとても大切なもので、自然の中で体を壊さない程度にチャレンジすることが最も大切だと分かった。僕は、これから森や海に行き、自然の中で果敢に挑んでいきたいと考えた。