出る杭は
高2 わてひ(watehi)
2026年2月3日
著者は、夏目漱石の『坊っちゃん』を手がかりに、日本における「個人」と「世間」の関係を論じている。坊ちゃん作中で坊っちゃんは正直で純粋な態度を貫こうとするが、学校という「世間」の中ではそれが通用せず、むしろ嘲笑の対象になる。読者は坊っちゃんに共感しながらも、実際には自分が赤シャツの側、すなわち世間に同調する側にいることを薄々感じているのではないか、示唆する。また、明治以降「社会」という欧米由来の概念が導入されたものの、日本ではその前提となる「個人」が十分に確立していなかったため、言葉だけが独り歩きし、現実との間に乖離が生まれたのではないかと述べている。私は、この指摘は今でも当てはまるのではないかと思う。日本人には個人主義が十分に根づいておらず、世間に流されやすい面があることが問題なのではないだろうか、と感じるのである。
その原因の第一として、日本が長く農耕社会であったことが、日本人の国民性を形づくったのではないかと考えられる。稲作は水の管理や作業の時期をそろえる必要があり、共同体の協調が不可欠だったはずである。周囲と歩調を合わせることが生存の条件であった社会では、個人の独自性よりも和が重んじられたのではないかと思われる。私のクラスでも、みんなと同じペースで課題をこなし、空気を乱さない人は「協調的だ」と評価される傾向があるように思う。一方で、一人だけ自分のやり方を貫こうとする人は、どこか浮いた存在として敬遠されがちではないかと感じる。私自身もこの前、グループ活動で少し違う意見を言おうとしたとき、「空気を読めていないのではないか」と思われるのではないかと不安になり、発言を控えてしまった。あのとき、私は自分の考えよりも世間の目を優先してしまったのではないか、と今になって思うのである。
第二の原因として、日本が島国であり、異質な文化との接触が比較的少なかったことも関係しているのではないかと思う。異なる価値観と頻繁に出会う社会では、自分の立場や意見をはっきりさせなければならない場面が多いだろう。しかし、同質性の高い社会では、あえて自分を強く主張しなくても、暗黙の了解の中で物事が進んでいく。ダーウィンが進化論の着想を得たガラパゴス諸島では、島々が急な潮流によって隔離されていたため、島ごとに独自の進化を遂げた生物が生息していたという。外部との交流が限られた環境では、内部で独特の形が固定化されやすいのではないかと思われる。日本社会もまた、長い鎖国の歴史や地理的条件によって、独自の「世間」の論理を強めてきたのではないだろうか。その結果、外部に向かって理性的に自己を主張する「個人」よりも、世間との関係の中で曖昧に自己を保つ存在が育ってきたのではないか、と私は考える。
確かに、日本人の世間志向は、社会の安定を支えてきた面もあるだろう。互いに空気を読み、衝突を避ける姿勢は、秩序を維持するうえで有効だったに違いない。しかし、これからの国際化した社会においては、それだけでは不十分なのではないかと思う。異なる文化や価値観と向き合う中で、自分の意見を持ち、それを理性的に表現できる個人であることが求められるのではないだろうか。個人の意見を主張することは、社会に背を向けることではないと私は思う。むしろ、それは社会をよりよい方向へ導くための責任ある行為ではないかと感じる。「出る杭は打たれる」ということわざがあるが、私はむしろ「打たれる杭こそが、地面の硬さを知る」と言い換えたい。意見を述べ、摩擦を経験する中でこそ、社会の本当の姿が見えてくるのではないだろうか。世間に埋もれるのではなく、世間の中で自分の位置を問い続けることこそが、これからの日本人に必要な姿勢なのではないか、と私は強く思うのである。