自分自身

    ()  年月日

  私が本当に「日本」を身をもって発見したと思ったのは、戦後であった。ある日、無然、上野の博物館で、はじめて縄文士器の異様な美にふれ、全身がふくれあがった。底の底から戦慄した。日本の根源をつきとめたと思った縄文土器論を私は美学的な問題やただの文化論として書いたのではない。つまりこれから日本人がどういう人間像をとりもどすべきかということのポジティブ(積極的)な提言であり、またあまりにも形式的で惰性的な日本観に、邀しく「ノー」を発言したのだ。いずれにしても運命の二本の糸の上を異様なバランスをとりながら進んでいくつもりである。

 周りに惑わされることなく、自分の信じた道を進むことは大切だと思う。スポーツの世界でも、その姿勢が結果を生むことがある。例えば、プロ野球選手の 大谷翔平は、高校時代から投手と打者の「二刀流」に挑戦した。当時は一つに専念すべきだという意見が多く、周囲から疑問視されることもあった。しかし本人は自分の可能性を信じ努力を続け、その結果、日本だけでなく海外でも活躍し新しい選手像を示した。この事例は、周囲の常識に流されず信念を持って努力することで道が開けることを示している。ただし、自分の道を進むには覚悟と継続的な努力が必要である。自分が信じた先に思い描く未来があると私は思う。周囲の声を参考にしつつも最終的な判断を自分で行う姿勢こそ、これから社会で生きる上で重要だと考える。

 周りの人の意見を取り入れることも大切だと思う。自分の考えを持つことは重要だが、他者の助言によってより良い判断ができる場合もある。そのことは昔話からも学ぶことができる。例えば 桃太郎では、鬼ヶ島へ向かう途中で出会った犬・猿・雉の意見や協力を受け入れ、ともに行動したことで鬼を退治することができた。もし桃太郎が自分一人の力だけにこだわり、仲間の助言を聞かなかったなら、困難を乗り越えることは難しかっただろう。この話は、人の意見を取り入れることで視野が広がり、より良い結果につながることを示している。ただし、すべてを他人任せにするのではなく、自分の判断を大切にしながら助言を生かす姿勢が必要である。私はバスケットボールをしていたことがある。バスケットボールはチームプレーなためメンバーの声を聞いて、何をすべきか考える必要がある。メンバーやコーチの声を聞きいたから決めれたシュートが今思い返してもたくさんある。自分が周囲の声に耳を傾ける柔軟さを持つことが、よりよく生きるために重要だと考える。

 確かに、自分の信じた道を進むことも、周りの意見を取り入れることもどちらも大切である。しかし最も重要なのは、自分の行動に責任をもつことだと思う。自分の考えを選ぶにしても、他者の助言を受け入れるにしても、その結果を引き受けるのは自分自身だからである。周囲に流されて判断を任せてしまえば失敗したときに後悔が残り、自分の考えに固執しても結果から目を背けては成長できない。だからこそ、自分で考え、選び、その結果に向き合う姿勢が大切である。フランスの思想家 ジャン・ポール・サルトルは「人間は自由であるがゆえに責任を負う」と述べている。自由に選択できるからこそ、その行動に責任を持つことが求められるのである。自分の決断に責任を持ち後悔しない姿勢こそ、これから社会を生きるうえで最も重要だと考える。