スピーチ
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年月日
「できるかな」わたしは心のなかで言った。
4年生の時、わたしは授業参観で「未来の私」についてプレゼンテーションすることになった。プレゼンテーションをすると言われたときに真っ先に思ったことは「うまくできるかな」それだけが心の中で響いた。失敗したくない一心で一生懸命にプレゼンテーションを造った。できるだけわかりやすくでも情報は多く入れる。そんなふうにいろいろ考えたりした。そんな努力を終えて、授業参観の日になった。授業の時間になり、前の人たちが一人ずつ発表を始めた。ついにわたしの前の人が発表を始めた。自分の前の人がずっと終わりませんようにとすがる思いで祈るが当たり前のことだ、そんなわけにはいかない「これでわたしの発表を終わります」前の人の口からそう聞こえた瞬間。何もかも聞こえなくなった感じがした。頭の中が真っ白になりながら、発表を始めた。舌が回らず、体が震えているのが自分でも分かる。そんな緊張とプレッシャーの中、何とかプレゼンテーションを終わらして、自分の席に戻る。ここまでも見られていると考えると自分がほかの人のプレゼンテーションをみている時でもドキドキしてしまう。姿勢を正して、拍手するときはちゃんとする。普通にできそうでも見られているから余計に緊張する。そして、6年生最後の授業参観で、またプレゼンテーションをすることになった2月24日。お題は「名言や大切にしたい言葉」だ。わたしは名言をウォルト・ディズニーがいった「追い求める勇気さえあればすべての夢はかなう」にした。本番まで時間が少なくて、ちょっと足りなかったなと後悔することも所々あった。それでも全力でやった。リハーサルの時でも心臓が体の中で踊っているような、暴れているような気がした。本番になり次の次でわたしの番になるという時に心臓の鼓動がピークを迎えた。自分でも動いているのが分かる。でもその人のプレゼンテーションが終わった後自分でも驚くほど落ち着いて、冷静になってわたしの前の人のプレゼンテーションを聞いていた。「次だ!」と思った後、鼓動が止まったような気がした。一瞬自分の心臓は動いていないのかと心配したくらいだ。でも時間は止まってくれない。すぐわたしの番が始まった。ほとんど何も感じなかった。手の震えと少しだけ上ずった声を出す口だけが動いていた。でも、緊張はしていなかった。気づいたらわたしはお辞儀をしていて、自分の椅子に座っていた。その瞬間いままでのドキドキや緊張が押し寄せてきた。自分でもなぜそうなったのかが分からないでも一つ分かるのが、授業参観の前日、緊張しているわたしに母が「手に人人人って書いて食べると緊張しなくなるよ」と教えてくれたからなのかもしれない。4年生の時と6年生の時の違いはプレゼンテーションをするときに緊張をしていたか、緊張していなかったかだとわたしは思う。
わたしはなにかを発表するときに頑張って作った時と手を抜いて作った時、緊張するのかしないのかを考えてみた。でもやはり、頑張って作った時のほうが緊張感は増すと思う。なぜなら、頑張って作ることは失敗したくない、恥ずかしい思いをしたくないという思いがあるからだとわたしは思う。それにわたしはちょっとだけめんどうくさくなって手を抜いてしまったことがある。それでいざ発表するときに全然緊張しなかったのだ。とても落ち着いているというか、何も感じないような気分になった。それはそれでいいかもしれないけどやっぱり頑張って作った時の方が達成感や満足感が出てくるからわたしは、いつも一生懸命頑張って発表している。
緊張することは心臓の鼓動が素早く動いたり、手汗も出やすくなるし、焦りやすくなったり、早口になることもあるがその分、成功させたいという気持ちも出てくるのだ。だから、わたしは成功させたいという気持ちがあればあるほど緊張するのではないかと思った。
「ふう、よかった。」わたしは心の中でガッツポーズをした。