矛盾する人間
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年月日
エノコログサの話題で仲間意識を持ったおばあちゃんだが、草むしりでスミレまで抜いてしまった。人間はハイキングなどでは、「きれいでいいわね」というけれど、庭に生えてきた雑草には悪者扱いをしている
私はおじいちゃんが草むしりをしているのを知っている。おじいちゃんは、自分の庭を持っていてそこで草むしりをしている。なぜ雑草を抜くか聞いてみると植物に必要な栄養や水分を奪うからだそうだ。「そんなことをする雑草なら抜いてもいいか」私も雑草を抜く理由がわかった。しかし、公園や道に生えているちょっとした雑草は「ここに雑草が生えているのかなんか地球の一部って感じでいいな」と言っている。「庭で言っていたことと違うじゃん」私は思った。庭に生えてきた雑草だけが悪者になっているのも納得はできないと思った。
そこで、なぜ人間は矛盾してしまうのかをインターネットで調べた。これは昔から色々な人の頭を抱えてきた問題だそうだ。日本では雑草のことを良い意味でも使っている。例えば雑草のようにたくましく生きろなど。しかし庭に生えてきた雑草は、すぐに抜いてしまう。雑草のようにたくましくと言っているのに雑草を抜いている。これでは人間は雑草のように抜けてへとへとに生きろというような感じになってしまう。この矛盾は脳の構造や心の仕組みが原因と言われているそうだ。でも人間は完璧ではないからこそ人間なのかと思った。人間にとって住みやすい環境をつくることも大切だとは思うが、雑草の気持ちも考えたいなと思った。自然とは自然としてできたものだから人間は手を出してはいけないと思った。これからも自然をそのままとして尊敬して行きたいなと思った。