生き方を象徴する芯(清書)

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  生き方を象徴する「芯」

 日本の果実で本末転倒なのは、しばしば味よりも「見てくれ」の方が、「高品質化」の上位に座っていることだ。外国から物や技術を導入してそれを独自に改変し、付加価値をつけて発展させるのは、いわば日本の「お家芸」で、貿易摩擦の要因にもなっている。果実もその例外ではない。日本では色々な果物を紙袋で覆って育てる。この労力を要する技術は・多雨・多湿の風土の中で、病害虫の被害防止のために生み出された。これを「袋かけ」という。この袋かけは袋を外した後の果実を鮮やかに着色させる。だが、糖度は下がり、味は確実に落ちる。このような特異な国産技術は、多かれ少なかれほとんどあらゆる果樹で見られるが。特にリンゴで目立つ。

 日本では何に対しても「外見」を意識する。リンゴの話もそうだが、今時スマートフォンで撮った写真を好きなように加工したりも出来る。顔を小さくしたり、メイクを濃く、または薄くしたり、肌をなめらかになおしたり。私は加工することにより、自分の良さがなくなったり、誰だかわからなくなってしまうため、加工するのはあまり好まないが、今の世の中では「見た目が可愛く(またはかっこよく)なるのが一番良い。」という考えを多くの人が持っている。だが、恋愛に関しては話は別だ。私を含む、少女漫画のような恋愛をご所望なクラスの女子に「顔がいい人」か、「性格がいい人」かを問うた。すると、「どちらか」を聞いているのに、全員口を揃えて「どちらも兼ね備えている人がいい。」と答えた。その気持ちはとても分かるが、人間の場合、外見と中身は連動していると私は思う。心から明るい人は、地球を照らす太陽のように、なんだか顔もほんわかしている。逆に、色々なことを考えすぎてしまう人は、ジメジメとした雨のように、疲れたような顔をしている。だから、本当に顔がいい人ではなくても、恋愛対象はいいと思っている。だが今時、マッチングアプリで恋愛する大人や、恋愛リアリティーショーを見る学生が増えている。ましてや恋愛リアリティーショーを見るだけで、恋愛を満足する人だって少なくはない。マッチングアプリや恋愛リアリティーショーは、表向きの顔の場合だってあるし、何よりこの恋愛方法では、相手の本当の性格を知ることができない。また、これらのような軽い恋愛では、結婚までいくペアは数組しか存在しないだろう。だが、考え方は人それぞれだ。どんな方法で恋愛をしたっていい。だが、私はちゃんと自分が認めた人がいい。

 今時、写真詐欺というのがよくある。おせちやケーキなどをインターネット上では美味しそうに写真を載せ、実際に届いたものは、量が想像よりも何倍も小さかったり、ぐちゃぐちゃにして送られてきたり。母はこのようなニュースを見て、「誠意がない仕事をしている。」と思ったそうだ。日本人は質よりも見た目を重視するという話があったが、「自分だけが得をすればいい」という考えに辿り着いている人もいる。まだ十数年しか生きていないが、両親や祖父母などに聞いた話を元に考えると、私は「日本人も、昔と随分と変わってきているな。」と感じた。

 「思い内にあれば色外に現る」ということわざがあるように、人間にとって中身とは、その人の生き方そのものを象徴する「芯」である。どれだけ見た目が良くとも、中身があまりにも酷ければせっかくの見た目がもったいない。また、その時だけ完璧に整えても、いつかはボロが出てきてしまう。だからこそ、私達は表面的な華やかさに惑わされることなく、常に自分自身の内面を誠実に磨き続ける人間でなければならない。だが、こんなにも見た目と中身について考えたものの、今だに、街中でイケメンを見つけると、私の心を奪われてしまいそうになる。