納得と後悔

    ()  年月日

 私が本当に「日本」を身をもって発見したと思ったのは、戦後であった。ある日、偶然、上野の博物館で、はじめて縄文土器の異様な美にふれ、全身がふくれあがった底の底から戦慄した。日本の根源を突き止めたと思った。それはいわゆる「日本風」とはまったく正反対だ。私はそこに日本人としてビリビリと受け止める、迫ってくるものを感じ取った。

 「自分の信じた道を行くことは大切だ」という意見がある。私が好きな本で、「成瀬は信じた道をいく」という本がある。主人公の成瀬あかりは、自分の意志で近い学校がいい!と理由だけで、膳所高校、京都大学と進学してしまう。さらには振袖で入学式に参加したり、達磨同好会という毎晩みんなで鍋をつつくという部活に入部したりする。これを読んでわたしは、「意志のある人の力ってすごいんだな」と思った。わたしは、意思というものがあまりない気がしている。

 「周りの意見を取り入れることも大切だ」という意見もある。わたしは、昨日までの入院で、院内学級に通っていた。その院内学級で、「もう30人学級は無理だと思う」と言われてしまった。学校に行けない理由は、自分自身だけではなく、環境にもある、ということだと思う。だから、今の学校をやめて、フリースクールや情緒級に転校したらどうか、という提案であった。今もそうだが、近くの中学校に移るという選択肢はない。またいじめられるのが確実だからだ。

 「自分の信じた道を行くこと」も、「周りの意見を取り入れること」も大切だ。だがしかし一番大切なことは、その道を自分で選んで、後悔しないことだ。「もし本当にあやまらせる気なら、本当に後悔するまで叩きつけなくてはいけない。」という夏目漱石の「坊ちゃん」にもあるように、後悔しないことが大切だ。