清書
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年月日
私の家の近くには、いろいろな植物が生えている。オオバコや、ススキ、シロツメクサなどだ。たくさんの植物が生えているが、その全てを抜いたことは、まだない。もしも、抜いたとしてもまたすぐに生えてしまう。だからあまり意味がないかと思ってしまう。特にオオバコは、踏んでも踏んでもしおれないので、過酷な自然の中に生き残る為の力だと思うととてもすごいと思う。私の小さい頃は、よくシロツメクサや、クローバーなどで遊んでた。四つ葉のクローバーを探したり、シロツメクサの冠を作ったりしていた。しかし今はもう遊んでいない。しかし、その自然を壊そうとは思わなくなった。なぜなら、私が小さい頃遊びに付き合ってくれた、友達のような存在を壊すわけにはいかないと思ったからだ。
私の委員会では、毎回のように花壇の周りに生えている雑草を取り除く作業がある。なぜならば、来年に花を植えるので、それの準備をするためだ。私はこれをやっていて思ったことがあった。それは、植物と雑草の違いは何かと。単純に考えると、見た目だと私は思う。なぜなら、ほとんどの人間は外見から見分けて物事を決めるからだ。それと同じように植物も外見から見て決めるのかと私は思う。もしそれだとしたら、雑草はとても不利に思える。一生懸命生きてるのにもかかわらず、人間に簡単に命を取られるからだ。なので私は人間にも勝手に自分の命を奪う雑草の気持ちを知ってほしい。
人間にとって自然とは大切なものである。いらない雑草はもちろん捨てて良いとは思うがせるものは残しておかないと将来人間が絶滅してしまうかもしれない。残せるものを残した方が自然保護にもつながる。人間は、植物がないと生きていけない。植物があるからこそ、人間は生きられる。では、なぜ人間は、雑草と呼ばれている植物を取り除くのか。私は見た目で決めつけていると思う。とても大事な役割をしているのにもかかわらず、人間に大事な役とは思われないから。だから私はそこの考えを変えるべきだと思う。今私ができる事は限られているが、自分の言葉で伝えることや、ポスターなどに書いて広めることなどをして自然保護をしていきたい。