外見より内面(清書)

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 ヨーロッパにおけるリンゴの栽培は「創世記」までさかのぼり、四千年を超える歴史を持っている。日本の場合は、病気見舞いのぜいたく品として出発し、生食用一本でひたすら外観重視の「高級感」の道を歩いてきた。はっきりしているのは、この奇妙な日本人の美意識には、いささかの軌道修正の必要があることである。

 クリスマスプレゼントで、大体のものは、かなり豪華な包装紙に包まれている。でも、僕からすると、直接渡すか、包装紙はもう少し簡単なものでいいと感じている。なぜかというと、外見だけにこだわったとしても、中身(内面)がだめだったら意味がないからだ。人間だって、日本人は特に外見を気にする。それと同じように、例えば外見はとても豪華な箱だったとしても、内面はボロボロな不良品だったというようなことだ。さらに、農産物に関しても、外見が良い物ばかりが市場に出回ってしまい、外見が悪い物は、味は同じなのに、大体はベルトコンベヤーで省かれてしまう。このことが不可解と思えてしょうがない。どうしてここまでして外見にこだわる必要があるのだろうと思うこともある。それはまるで、見た目がとてもかっこいい飛行機を作っても、すぐに壊れてしまうようなことだと思った。また、日本人は、外見がいい物を好み、内面という目に見えないものを気にしないのだなとも思った。

 僕は、人間でも、外見よりも内面が大事だと思っている。だからといって、内面がいい人でも、外見が悪かったり、かなり奇抜な格好をしていたりすると、やくざだと思ったりする人もいるかもしれない。それで人が寄り付かなくても逆にまずい。実際に、僕の学校にも、優しそうでも、少し厳しめな先生だっている。逆に言えば、その人は外見にこだわっているのかもしれない。逆に、外見はかなり個性的だけど、内面が結構面白いという例もある。でも、先生なので、やはり怒るときは怒る。そういったことのように、僕は、外見にばっかりこだわっている人は、実際は内面を気にせず、頭が固い(というかすぐ怒ったりする)人の可能性があると思う。また、格好にこだわらない人ほど、優しい人だとも思う。アインシュタインだってそうだ。外見は、サンダルを履いていて、髪型もひどくて、服もどうでもいいと考えているような格好をしている。それでも、内面はとてもやさしい人だ。というように、外見にこだわるのはいいけど、こだわりすぎるのはよくない、ということだ。それは、まるで、車でも、値段とか見た目よりも、性能が大事だということのようだと思った。また、外観もいいけど、中までいい人は仲間になれるとも思った。

 僕は、日本人は、外見にこだわりすぎているし、外見は、ある程度良ければいいし、それよりも内面のほうが大事だと思った。また、中身とは人間にとって、その人の本質で一番大切なもので、また、外見は、あまりこだわってはいけないものだ。さらに、外見も内面も、どちらかだけを重視するのは、過ぎたるは及ばざるがごとしだということも思った。僕は、そこまで性格は悪くない。だから、色々な人にやさしくすればいいと思った。そうすれば、人に信用してもらい、仲間のように受け入れてもらえると思った。