清書
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私たちは旅、未知と偶然の要素を多く含んだ旅に出るとき、どこかへ行きたいとか、なにかを調べたいとかなどといった、なんらかの意味で目的をもった自分の意思とは別に、一種のあやしい胸のときめきを感じる。なぜ胸のときめきを感じるかというと、日常生活では経験しないようなことが起きるからだ。しかし、旅というのは楽しさの裏には苦しさもある。楽しさ、苦しさがあるからこそ旅という形が成り立つのだ。偉大な情念によってはじめて、人間の魂は偉大なものごとに到達しうるのだ。私たちは旅をするべきだ。そのための方法は二つある。
第一の方法としてまず、何にでも新鮮な好奇心を持つことだ。自分が今まで見たことがないものや馴染みのないものを見るとその物の正体を知りたいという好奇心が自然と生まれる。この好奇心は人間を新しい物などに興味を向かせ、新しい情報に触れる機会を与えてくれる。人間は定期的に新しい環境や新しい出来事に触れることで脳を活性化させ、脳を鍛え上げることが可能になってくる。新しい環境に触れる頻度が減少すると思考の固定化が発生するだろう。例えば、学校に行く途中の道は、ときどき経路を変えて変化を出す。これはいつもとは不慣れな道を通ることで新しいものを発見することもできるので通学時間が普段より楽しむことができる時間になるだろう。
第二は、若者が旅に出やすい環境を作ることである。若者は将来社会で活躍するという大きなポテンシャルを秘めている。そのポテンシャルを最大限に引き出すために若者たちが社会で自分たちの声や意見を発する場所や、新しい旅に出やすい環境を作ること、その手助けをすることが重要になってくる。旅というのは自分が今まで経験したことがないことに遭遇する連続冒険である。旅を通して色々なことを習得することができる。例えば予期せぬ出来事に臨機応変、冷静に対応できる能力だ。これは普段の生活でも鍛えられるが、旅の方が効率的に習得できるだろう。また歴史実例を挙げると、明治時代にヨーロッパに留学した夏目漱石や森鴎外など日本の若い知識人たちは、そこから多くのものを得てきた。ヨーロッパでは日本には発明されていないものが山ほどあったらしい。夏目漱石や森鴎外たちのおかげで世界から日本がどれだけ遅れているのかに気付かされたに違いない。
確かに、日常生活を大事にするという考えもわかる。安定した毎日は心を落ち着かせてくれる。しかし、人間は環境の変化によって精神が活性化する。見慣れた景色の中だけでは、次第に感動や好奇心が薄れてしまう。時どきは転がらないと、人間の精神も苔を生じてしまうのである。だから私は、自分を刺激し成長させるために、旅をするべきだと思う。