料理にある愛情

    ()  年月日

 「ジュー。」

僕が料理で一番初めに一人で作れたのは、目玉焼きだ。小学三年生の時、家で、母が目玉焼きの作り方を教えてくれた。目玉焼きの作り方を教わる前は、今まで料理をしたことがなかったから、難しそうだと思った。しかし、目玉焼きの作り方を教わった後、実際やってみたら、意外と目玉焼きを作るのは簡単だと分かった。だから、自分一人でも作ることができそうだと思った。そして、朝、目玉焼きを自分一人で作ってみた。それを食べてみたところ、とても美味しかった。そして、次の日、自分で作った目玉焼きを父や母にも食べさせてあげたら、笑顔で

「トロトロしていて美味しい。上手だね。」

と言ってくれた。もし、僕が父だったら、絶対美味しいと言うだろう。なぜかというと、家族全員が美味しいと言ったからだ。

 美味しいものを食べ、幸せになったことを母に聞いた。母に聞くと、父の作る春巻きは美味しく、食べたら幸せになるようだ。良い所は二つあるそうだ。一つ目は、市販では出せないカリッサクッ感があることだ。二つ目は具とそれを引き立てる味付けだ。具には、春雨、筍、ピーマン、玉ねぎ、挽肉、エビ、ホタテがある。そして、それら全てに役わりがあり、全てを統合する優しい味付けが加わり、より美味しくなるのだ。僕も父の作る春巻きは好物の一つだ。なぜかというと、まるでじゃがりこのように皮がパリパリしているからだ。そして、勉強を頑張れた時はいつも、

「今日のご飯は、春巻きにして。」

と、頼む。父の作る春巻きはどこで食べるよりも美味しいと思う。だから、すぐになくなる。そして、

「なくなっちゃったー。」

と、悲しむ。だが、また、

「作ってほしい。」

と、お願いする。僕は、確かに父の作る春巻きを食べると、幸せに感じると思った。

 そこで、幸せとは何か、そして、人はどんな時に幸せになるかを調べてみた。調べたところ、幸せとは、心身ともに満ち足りて不満がない状態や望ましい状況が巡っていることらしい。また、人はどんな時に幸せになるかというと、美味しいものを食べている時や家族、友人と笑い合っている時、あるいは、平和な日常を感じる時だそうだ。言われてみると、たしかにそうだなと思った。僕は、平和な日常を感じるときにも幸せになることが分かった。

 人間にとって、美味しさとは、幸せ、つまり至福の象徴である。これまでの話のように、美味しいものを食べていると幸せになるのだ。美味しいものを作る時には、食べる人への愛情も必要だ。「料理は愛。幸せにするもの。」という教訓がある。この教訓の意味は、作る人の愛情がこもり、食べる人を幸せにするということだ。僕は、小学五年生から、小学校の家庭科の授業で料理を作る。その時は、愛情をもって作りたい。

今日も料理が僕に早く食べてと話しかけているように見えた。