自分をうんでくれた感しゃ

    ()  年月日

「うっは、うっは」

私が生まれた時はまるでしゃくりをするような産声でした。

わたしが生まれたのは一月二十一日で、冬なのにポカポカしたあたたかめな日に、尾道市のいとこが生まれた病院と同じ病院に生まれました。生まれた時は元気に泣いていて手足をバタバタとはけしく動いていたそうで、その時ずっと一緒にいてくれたのは父と母の方の祖母でした。

わたしは生まれたすぐの写真を見て、「生まれた時の自分ってお父さんに本当にそっくりだな。まるで同一人物のようだな」と心のそこから思いました。しかし祖母は

「今もだけどお父さんの方のおばちゃんににいると思うよ。ほんと、そっくりなんだよ」

となっかしそうに教えてくれました。そして昔は四十七センチメートルほどしか身長がなかったけれど今とくらべると九十セッチメートルほどものびたのでおどろきました。そしてい今はせの順でなららぶと先頭になることもあるので目立つから、赤ちゃんのころにもしせの順でならぶと、真ん中あたりにいそうであま目立たないということを思えばは小さいころにもどってもいい気がしました。

 尾道市の一月はふだん年間を通し、一番寒い月ですが、わたが生まれた日はポカポカとあたたかい日でした。わたしの名前は「小春」でこはると読みます。名前の由来は小春日和に生まれ、小春日和のようにみんなをあたたかい気持ちにするような人になってほしいと思ってつけてくれたそうです。

 わたしは小春という自分を大へんな思いをして生んでくれた母そして、一緒にいてくれた父に改めてありがたく思いました。そして命をつなげてきてくれた祖先全員にありがたいという気持ちを持ち、かんしゃを伝えたいと思いました。