子供時代に
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学生の遊びには多くの創造力や抽象思考力が入ってくるから極めて多彩なものになる。あそびの中で創造性が豊かに発揮されると想像力活動表現力が発達した子供は、例えば物語あそびを早く始める。新しい精神の世界を生み出す基礎能力となるため、大人は芽を摘んでしまわないようにする。
子供時代のあそびから得られるものは多い。私も小さいころ近所の友達や妹とごっこ遊びをしていた。お花屋さんごっこやお医者さんごっこなど、そのころは病院や花屋に行って働いている人を見ていた程度で仕事の内容は全く知らなかった。それでも、「なんとなく」という、感覚を頼りにまねて遊んでいた。今思うとたいして分からないことをあそびで表現できていたことはとてもすごいことだったと思い出している。ごっこ遊びでは相手の立場を考える力や想像力が育つのだ。ほかにも子供時代のあそいから得られるものは多い。例えば友人と遊ぶ過程において意見の相違から衝突が生じることがある。しかしその後に話し合いを通して関係を修復する経験は、他者との立場や感情理解する力、ならびに自らの考えを適切に表現する力の育成につながる。こういう小さな対立は私たちが社会人になった後でも多く発生する。大人になって起こることは決して子供のころに決して経験していないというわけではなさそうだ。かくれんぼという外遊びにおいては周囲の状況を的確に把握し、瞬時に判断して行動する能力が養われる。このようにあそびの中には多様な学びの要素が内包されているのである。さらに遊びにおける成功や失敗の経験も重要である。思い通りにいかない場面に直面した際に工夫を重ねて再挑戦することで、忍耐力や問題解決能力が培われる。子供時代の遊びは他者から見たら娯楽としか思われないことでも、見えないところで人間的成長を支える重要な経験であると言える。だから大人は子供の遊びを軽視するのではなくその教育的価値を十分に理解し見守る必要があると考えた。
しかし勉強しなければ身につかないものもある。読み書きや計算と言った磯的な学力は、あそびのみで十分に習得できるものではなく、日々の継続的な学習を通して初めて身につくものである。これらの力は、日常生活において必要であるだけでなく将来社会の中で生きていくうえでも不可欠であり、意識的に学ぶ姿勢が求められる。それが遊びで身につくものとの違いである。自分から率直的に学ぼうとする精神は将来にも役に立つ。しかし、あそびで得る表現力や想像力もまた将来に生かしていくべき能力なのだ。話がそれたが勉強しなければ身につかないということは昔から語り継がれてきた話にもみられる。例えば二宮金次郎の中市では薪を背負いながら本を読み、努力を惜しまず学び続けた姿が描かれている。このような姿は学問が一朝一夕につくものではなく地道な努力の積み重ねによって培われるものであることを示している。つまり学習にも真剣に取り組むことが重要である。
確かに子供時代には遊ぶことも勉強することもどちらも大切である。しかし「すべての大人はかつて子供だった」という名言があるように人が人生の基盤を築くうえで子供時代の経験は極めて大きな意味を持つ。世界中の人が持つ「子供時代」を満喫することが一番大切だ。それが将来の成長につながっていくと考える。