参加は大事だ(清)
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大相撲では観客が飲食や会話をしながら観戦しており、静かに集中して鑑賞するという近代的な芸術の見方とは異なることに驚かされる。土俵の上で真剣勝負が行われているにもかかわらず、客席には独特のにぎわいがあり、人々はそれぞれの楽しみ方でその場を共有している。このような光景は、演じる側と観る側を明確に分け、私語や飲食を慎むことが当然とされるコンサートホールや劇場の雰囲気とは対照的である。近代以降、芸術は静寂の中で味わう特別なものとして位置づけられ、そのための空間づくりが進められてきた。しかし本来、祭りや伝統芸能の多くは、観客も声を上げ、時には演じ手と呼応しながら場をつくり上げるものであったはずだ。近年はワークショップ型の展示や体験型イベントなど、観客が参加する形の活動も増えている。鑑賞するだけでなく、その場に関わり、自分も一部となることで得られる充実感は大きい。僕は、これからの文化や行事は、ただ受け身で観るだけでなく、参加できる形を大切にして生きたい。
そのためにはまず、参加による多少の混乱を受け入れることが必要である。学校の文化祭では、展示を見るだけでなく体験コーナーを設けたクラスがあり、最初は人が集まりすぎてうまく進まなかった。受付や誘導が追いつかず、順番待ちの列が長くなってしまう場面もあったが、係の生徒たちが役割分担を見直し、説明の仕方を工夫することで次第に流れはスムーズになっていった。また、来場者の意見を取り入れて内容を少し変更したことで、より多くの人が楽しめる企画へと改善された。しかし来場者が実際に触れて楽しめるように工夫したことで、最後には一番人気の企画になった。参加できる形にすることで、行事への関心や満足感は大きく高まり、思い出にも強く残る。多少の混乱があっても、それを乗り越えていく過程こそが行事を充実させるのだと感じた。
次に、運営する側がすべてを決めすぎないことも重要である。部活動でも、顧問や上級生が細かく指示を出しすぎると、部員は受け身になってしまう。言われたことだけをこなす状態では、自分で考える機会が失われ、活動への意欲も長続きしない。逆に練習方法や目標を部員同士で話し合って決めたときは、互いの意見を尊重しながら最善の方法を探ることになり、活動そのものへの理解も深まった。自分たちで決めた方針であるからこそ責任感が生まれ、困難に直面しても最後までやり抜こうとする気持ちが強くなる。実際に、主体的に取り組むようになってからは練習の質も向上し、部全体の雰囲気も前向きになった。参加の機会を与えることが、主体性を育てることにつながるのである。
確かに、静かに集中して鑑賞する場が必要な場合もある。授業中や演奏会では、周囲への配慮が欠かせず、秩序が保たれてこそ内容が正しく伝わる。しかしそれだけが正しい形だと決めつけてしまえば、文化は一部の人だけのものになってしまうだろう。「参加することに意義がある」という名言が示すように、結果だけでなく過程に関わること自体に価値がある。自分の声や行動がその場を形づくる一部になるとき、人はより深く物事を理解し、他者とのつながりを実感できる。これからの社会では、多様な立場の人が関わり合いながら新しい価値を生み出していくことが求められている。そのためにも、参加できる機会を意識的に増やし、互いに支え合いながら場をつくっていく姿勢が大切である。これからの文化や行事は、観るだけでなく参加できる形を大切にして生きたい。