共同体的
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年月日
今日の社会では、法的社会である。しかし、共同意識は、今も人々の間に生き続けている。そのため、私は共同体的な生き方をしたい。
そのために第一に、法律よりも人を見ることだ。生きていくためには法律は大事なもので、守るべきものである。しかし、法律で裁けないことも存在する。例えば、相手を傷つける言葉を投げかけたとしても、それが必ずしも違法になるわけではない。しかし、その言葉によって人の心は深く傷つくことがある。現代の社会でSNS上での誹謗中傷が深刻な問題となっている。誹謗中傷が原因で死んでしまう人もいるほどだ。カメラに映って放送されているものやSNSで発信されている世界が全てなのではなく、ほんの一部だということは視聴者側の人も理解しているとは思うが、悪く言う人が絶えない。さらに、たとえ良い意見があったとしても悪い意見が一つでもあるとそれに引っ張られてしまう。それが原因でなんの罪のない人間の死を生んでしまうのだ。だからといって誹謗中傷している人は人を殺した犯人で罪に問われることはない。人が死んでいるのに罪には問われないのはなぜなのだろう。これは一人一人の人間を見ることができていないからなのではないか。逆に、悪いことであってもその人の人柄で許せてしまうこともある。例えば、私の友達は報告、連絡、相談があまりできない子で予定の直前になって行けないと連絡してくることがよくある。報連相は人間関係を築く上で大事にしていることではあるが、私はその友達の気遣いできるところや面白いところが大好きで一緒にいて話す時間が好きだ。許せないことであってもその子の人柄が好きなため、許せてしまうのだ。法律も同じで法律で禁止されているから一律にダメとするのではなく、その人の背景にあるものを見て判断することが重要なのではないか。
また、第二に、困っている人が孤立しないような支援制度を整えることである。法律は違法かどうかを判断する基準であるが、人が感じる孤独や不安までは直接救うことはできない。そのため、相談体制や地域の支援ネットワークを充実させることが、共同体的な生き方を支える土台となるのではないか。このような考えを実践した人物として、賀川豊彦が挙げられる。彼は貧困に苦しむ人々と共に生活し、支援を行っただけでなく、生活協同組合の設立に関わり、助け合いを制度として広げた。これは、個人の善意にとどまらず、孤立を防ぐための仕組みを整えたことなので、賀川豊彦を見習い支援制度を整えていくべきである。
確かに、法律に基づかない運営は不明朗なものになることが多い。しかし、「自己は他者との関係の中で成立する」という名言もあるように、私たちは共同体的な考え方をより深め、一人一人が協力し合いながら生きていくべきである。