学童の遊びには多くの想像力が
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学童の遊びには多くの想像力や抽象思考力が入ってくるから極めて多彩なものになると言える。子供の遊びは年齢に応じて発達し、子供の多くが詩人的素質を示すのも、彼らの新鮮な感受性と奔放な思考回路が発達するからであろう。遊びの過程では子供たちはこのような想像力や倫理観を身につけることができる。しかし、そのような想像力の芽を大人は摘んでしまわないように、むしろ子供達から学ぶ姿勢を大切にしていきたいものである。
子供時代の遊びは単なる娯楽ではなく、重要な学びの機会である。私は小さい頃、友達とよくおままごとや鬼ごっこをしていた。鬼ごっこやおままごとでは、みんなが守るべきルールがあり、それを守らなければ遊びは成り立たなかった。さらに、おままごとでは、お店屋さんをやったり、お客さんの役をしたりすると、だんだんと「ものを買う時にはお金がいる」などといった売買の意識が芽生えた。このような遊びの中で、社会にある秩序を自然と学んだ。また、仲間と協力しなければ勝てない場面も多く、相手の気持ちを考えながら声をかけ合うことの大切さも知った。ときには意見がぶつかることもあったが、話し合って解決する経験を通して、人と関わる力が身についた。このように、遊びは社会の縮図のようなものであり、将来に必要な力を育ててくれる大切な時間だと思う。
一方で、学習によってこそ身につく力もある。小学校でよく見かける二宮金次郎は、薪を背負いながら本を読む姿で知られている。彼は裕福な農家に生まれたが、川の氾濫で田畑を失い、生活は困窮した。そして、14歳の若さで父を亡くし、母もその数年後に他界してしまうという苦難の時期を過ごした。それでも、貧しい生活の中で学ぶことをやめず、薪を背負いながら本を読み、わずかな菜種油で勉強に励み、こつこつと努力を重ね続けたのだ。その結果、江戸時代後期に貧困から独学と努力で生家を再興し、後に600以上の農村を再建し、偉人として語り継がれたのだ。もし遊んでばかりいたならば、後に多くの人を助ける知恵や知識を身につけることはできなかっただろう。この話から、読み書きや計算、物事を深く考える力などは、日々の学習の積み重ねによってこそ育まれるのだと分かる。楽しいだけでは得られない力があり、それは将来を支える大切な土台になるのである。
確かに、子供時代には、遊ぶことも勉強することもどちらも大切だ。しかし最も大切なことは、「積小為大」という名言もあるように、小さな経験や努力を積み重ね、自分が成長していくことなのである。遊びの中で学んだ社会性や思いやりも、勉強によって身につけた知識や思考力も、どちらも将来につながる大切な力である。そして、遊びが学びへとつながり、学びがさらに興味や探究心へと広がっていくことが理想だと思う。そして、日々の一つ一つの経験を大切にすることこそが、成長への一番の近道なのではないだろうかと私は思う。